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それ、すーちゃんに絶対言ったらあかんで

 家族で旅行に行ったのである。愛知県に。
 名古屋港水族館に行き、蒲郡に泊まり、竹島水族館に行った。

 竹島水族館は2度目である。2年前に行ったときは、100円の安い方のえさだけ買って娘に魚のえさやりをさせた。それだとウミガメが食べなかったので、娘は300円の高い方のえさを所望したけれど、ぼくはそれをリジェクトしてしまった。財布の紐がかたい旅行だったかもしれない。入館が既に夕方近くで、えさやりをしていた頃は閉館が迫っていたのかもしれない。

 ウミガメも食べる特別なえさやりをできなかったこと。竹島水族館に行った話をするたびに娘はそのことを蒸し返し続けた。
「とくべつなえさで、ウミガメにえさやりしたかったなー」

 今回の旅行はリベンジである。
 2年前は鳥羽に泊まり、鳥羽水族館を1日目に、2日目に鳥羽港からフェリーに乗って伊良湖岬へというコースだった。伊良湖岬から自家用車で蒲郡まで、風力発電の風車など見ながらドライブした。
 今回は新幹線利用で1日目に名古屋港水族館。それから電車で蒲郡に移動して、竹島水族館の裏にあるホテルに宿泊した。そして2日目は朝からゆっくり竹島水族館である。水槽が好きな家族だと思われるであろう。

 竹島水族館で費やす予算だが、今回はたがが外れていた。竹島水族館のオリジナルガチャは500円もするのに3回回し、オリジナルステッカープリントも500円を投入して作った。娘は自分の名前でなく、うちの飼い猫の名前でステッカーを作った。
 水槽を見たり、タッチプールでタカアシガニやオオグソクムシを愛でたり、ナヌカザメの腹を触った感触にうっとりしたり、ショップで両替したり、アシカショーを見たり、「マッタリウム」の椅子に座ってペプシの「生」コーラを飲んだりして、おばあちゃん(妻の母)含め家族5人、小さな館内でたっぷり3時間楽しんだ(おばあちゃんは疲れたと思うが)。

 問題のえさやりだが、ぼくがただたただ自分の興味で水槽を見ていたとき、娘がやってきて、
「えさやり、もうえさがなくなって終わってた」
と言いにきた。
「え」
2年前に特別なえさやりをさせてやらなかったことが、ここまで後悔として深く刺さるとは思わなかった。
 しかし、前回えさやりをしたのは夕方である。今回は朝から入館している。いやいや、またえさは補充されるだろうと思って、娘に、
「またえさは復活すると思うから。パパ見とくから。な」
と娘を励ました。
 あとでえさやりコーナーにいたスタッフさんに、えさはいつ補充されるのかを尋ねると、
「そうですね、魚の様子を見ながらなので、いつとは決まってないですね」
それはそうである。魚だって生き物だ。客のえさをやりたい要求にオンデマンドで応えていたら身体に良くないだろう。

 しかし、なんやかんやしながら水族館内をぐるぐる回遊していると、しばらくしてえさやりコーナーで子どもたちがえさやりを楽しんでいるのが目に入った。すぐ娘を呼びに行った。しかし千円札しかないので、ぼくはえさを確保したまま、娘をショップに両替に行かせようとした。
「えさやりをしたいので、両替してください、って言うんやで」

 きのうから娘は名古屋港水族館でイルカショーの水よけのレインコートをひとりで買いに行ったり、竹島水族館のアシカショーは始まるときには既に満員だったのにひとりでぐいぐい入り込んでちゃっかり席を得るなど、小ぶりな戦車並の突破力を発揮している。
 両替も朝飯前だろうと思ったら、すぐ近くに両替機があった。
 えさやりの両替機にお札を入れて、ちゃりんちゃりんちゃりん、無事に念願かなったり、である。下の子も、手もとがあやしいながらえさやりをした。

 名古屋港水族館の南極の海の水槽。
 コウテイペンギンにアデリーペンギン、ヒゲペンギンにジェンツーペンギン、本で写真を見ることしかできなかったペンギンたち。
 竹島水族館の壁面に展示された、旧館長の甲殻類の標本。ウツボの水槽。それとなぜか気に入ってしまったメガネモチノウオ。ネオンテトラの群れの中についに見つけられなかったカーディナルテトラ。

 楽しかったなあ、と自宅に戻って就寝前に振り返りをする。娘に、
「なにが一番楽しかった?」
と聞いてみる。「特別なえさやり」が期待する答えである。しかし娘は、
「うーん、ぜんぶ」
とのこと。そうか、よかった。 
「アシカショーも今回は見れたよな、アシカ、ボール鼻の先に乗せたりすごかったよな」
「うん」
「うちのすーちゃんはなんもできんけどな」
すーちゃんはうちの猫である。
「それ、すーちゃんにぜったい言ったらあかんで」
と、娘に釘をさされる。
「うん」
「かい主にそんなこといわれたらきずつくからな」
「そうやな」
「それに、ねこにはなんもしなくても、いるだけでかわいいっていう、とくぎがあるからな」
「はい」
「すーちゃんにぜったいいったらあかんで」

 娘は猫にことばが通じると本気で思っているのだろう。そういえば最近猫にかけていることばが優しい。その猫にかけることばが、ねこの心にも届くと思っているのだ。だから「なんもできん」なんて言ってはいけないのである。

 成長する娘。
 対してぼくは。
 えさやりをケチったり、反対に絶対にえさやりだけはさせないと、と思ったり。アシカをほめて、我が家の猫をdisったり。
 旅行を振り返ると、娘の成長ぶりと自分の子どもっぽさが浮き彫りになるような気がするのである。
 とにかく楽しかった。

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