ネイルは、捨てていた憧れ
デートのお迎えが来る30分前。
チップネイルという、爪型のプラスチックを両面テープで貼ることに苦戦している女がいた。
「貼れない貼れない貼れない…」
自爪にプラスチックの爪がくっつかず、両面テープはグルグルになる一方だった。
ちょっと爪が傷んだだけの女は、チップネイルに白旗を上げた。
「私はネイルとは程遠い存在なんだと、神様が教えてくれたんだ。」そう思った。
いつもそうだった。
ゆるふわパーマをオーダーしたのに、髪全体がギザギザになって、同級生からおばさんみたいだと言われた時。
ヒールを履いてみたら、爪が足の指に食い込み、整形外科に駆け込んだ時。
ストッキングを履いていたら、水虫になって、皮膚科にお世話になった時。
全部神様からのサインだと解釈した。
向いてないことを知れて、自分はラッキーだったんだと言い聞かせ、ネガティブをポジティブで包み込み、ゴミ箱に捨てる。
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職場で、後輩ちゃんのいつの間にか色づいた爪に気付いた。
「ネイルしたの!?…いいなぁ。
この前、チップネイル失敗したんだよね。」
「あー、チップネイル難しいですよね。
すぐ取れちゃうし。」
「…やっぱり?…そうだよね?
これは…何ネイル?」
「ジェルネイルですよ。」
妹から貰ったチップネイルしか知らなかったから、その時、世の中には様々なネイルの種類があることを知った。
後輩ちゃんだってやっているんだから、私だってやっていいよね?神様。
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「両手を出してください。」
枕みたいなクッションに、両手を乗っける。
お姉さんが私の指たちを掬い、鉛筆型の器具で削り始める。飼い主に爪を切られている猫のような画である。
お姉さんの隣にある鉛筆立てが、視界の隅に鎮座している。筆型の器具がたくさん突っ込まれており、ネイルというものの複雑さを物語っていた。
お姉さんは何も言わず、黙々と爪に向き合う。爪たちが、「こんなに丁寧に扱ってもらえるの初めて!」と感動している声が聞こえてき
そうだ。
ふと、ここに来る女たちのことを想う。
例えば主婦。「いつも家事に育児に忙しいですが、この時間は何も考えなくていいので好きなんです。整えられた爪を見ると、頑張ろうとも思えますし。あと、せめてものオシャレというか。」
例えば受験生。「いつも勉強ばかりだけど、ネイルしてもらっている時は忘れられるんですよね。あと勉強中とか、この手を見ると、励みになるんですよね。」
あぁ、皆んなネイルを励みに頑張っているんだな。
そんなことを考えていると、いつの間にか爪が変わっていた。
人はどうしてネイルをするのか?
人間の身体の一部の、こんなに狭い表面積に、若い女どもはこぞってベットする。
大枚叩く意味が、私はこれまでわからなかった。
今、ピンクブラウンに装飾された爪を見て心の中に生じているのは、ちょっとイけてる感じになったのではないかという自惚れだ。
私の指が動く時、その存在感が残像となり、色彩が空間に浮かぶ。
ティンカーベルが魔法の粉をはたくように、彩りが指の先から放たれていく。
ゴミ箱から、過去の思い込みを拾う。
包みを剥がして、その中にある原石をもう一度手に取ってみるのも悪くない。かもしれない。
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