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短編小説 ピンポンハートスマッシュ

カテゴリー 

①現代 ②純文学 ③恋愛 ④スポーツ


キャッチコピー

軽快なピンポン音とともに揺れ動く学生時代の男女の心のラリー


あらすじ

体育館に卓球の壁打ち音が静かに響き渡る…。
『原』は今年で中学二年生になる。
彼は部活が始まる何十分前かに来て、一人で壁打ちの練習をしていた。

彼が真面目に練習している理由それは…。
同年代の同じ卓球部の女性『三島』と話すきっかけが欲しいためだった…。

 思春期の学生恋愛ピンポン物語、今試合開始!


参考

※【カクヨムWeb小説短編賞2020作品 中間選考突破作品になります】

画像については『おむすびころりんまる』様よりご提供いただいております。


第1話 ラリー

カンッ…… 
コンッ……
カンッ……

 体育館に卓球の壁打ち音が静かに響き渡る……。
 俺の名前は『原 時和はら ときかず』、今年で中学二年生になる。
 俺は、部活が始まる何十分前かに来て、一人で壁打ちの練習をしていた。

 後何分かすれば他の皆も来るだろう。
 何で俺が真面目に練習しているかそれは……。

「へー珍しい……原がこんな早い時間に練習しているなんて」

 きたきた、彼女の名前は『三島 秋子みしま あきこ』、同年代の同じ卓球部の女性だ。

「ちょっとね……」

 俺はそう言って返したが、《《本当は理由がある》》。

「そんなにやる気があるなら、私と一緒にラリーしてよ?」

 きた。

「いいよ」

 本当はそんな素っ気ない返事をしたいんじゃない。今思えば、彼女の誘いは飛び上がるほど嬉しかったんだと思う。

カンッ…… 
コンッ……
カンッ……

 軽い腕ならしのラリーから始める。
 彼女はキレがいい真面目な球を返してくる。

 彼女の真面目さは学校の教師方にも、たいそう評判が良かった。
 学業の成績は優秀で学年ではトップクラス、そして卓球も同様だった。
 何せ卓球の女性部のキャプテンに選ばれるくらいだったから。

 彼女はちゃんとした向上心と目的があってやっていたが俺はそうじゃなかった。
 何故なら友達と楽しくやるために入っただけだったから。
 でも最近は違う、そうじゃなくなった。
 そう、《《彼女のことが気になって一緒にいたかった》》からだ。

 だから……。

カン……
コン……
カン……
コン……

 ラリーのスピードは徐々に早くなっていく、彼女は真面目で練習も怠っていなかったため、このラリーを長い時間ミスすることなく続けれる。

 正直俺は今まではそんなに真面目に練習していなかった。

 何故なら特に目的がなく、モチベーションというものを保てなかったし、保とうとも思わなかった。
 
 でも今は違う。

カッ……
コッ……
カッ……
コッ……

 会話がなかった静寂が破られる。

「へー……原。続くようになってんじゃん?」

 上から目線な勝気な彼女のお言葉……。

 実際俺は彼女には何一つ勝てる気がしない。

「んー俺男だしな……それに……」

 正直この言葉はとても嬉しかった。
 とても嬉しかった? 何でなんだろうな。

 男子キャプテンの部活の友達に言われても少し嬉しかったのはあったが、自主的に練習を増やしてやろうとはまったく思わなかったのに。

「それに?」

 彼女はその俺の言葉に対し、クスクスと軽く笑う。

ドキッ!

(か、可愛い……)

 俺は彼女のそんな余裕のある態度にドキッっとしてしまい、自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
 
ドッ……
ドッ……
ドッ……
ドッ……

 俺はその感情を振り払うように、もう一つの感情を言葉にして返す。
 
「いや、負けたくないなーと……」

「へー? じゃ、もっと早くするね?」

 彼女は透き通る声でさらりと言うと、ラリーのスピードをまた一段階上げてきた。

カ……
コ……
カ……
コ……
カ……

「は、はえーよ?」

 実際この球撃ちの間隔だとちょっとした、スマッシュをずっと打っているようなもんだ。

「あははっ、負けたくないんでしょ?」

 彼女は嬉しそうに笑いながらそう答えた。

 彼女の純粋にきらきらと輝く瞳と、首筋に流れる汗はとても綺麗で素敵だった。

「く、くそっ!」

 正直もうミスするミスしないはどうでも良かったし、勝ち負けもどうでも良かった。

 彼女の楽しそうな笑顔と何かに打ち込んで輝いている瞬間をずっと見ていたかっただけだ。

ハッ……ハッ……ハッ……

 自分の呼吸音から息切れしてきているのがわかる……。

 彼女との努力の差があり、自分のスタミナが切れてきているのがわかった。
 そんな俺の思いとは別に、彼女のやる気、それに熱い性格と共にスピードギアはさらに上がっていく。





 球がさっきと違い段違いに重い。まるで野球の硬球をミットで取っているような衝撃が手首に走る。ラケットをしっかり握っていないと、球を返せない状態だ。

「ちょ……ずっとフルスマッシュじゃねーか?」

 俺はたまらず悲鳴を上げた。

「原っ男でしょ?」

 彼女の力強くも優しい声が俺の心に響く。

 お前のほうがよっぽど男らしいし、かっこいいよ……。

 こんなこと本人の前で言ったら後が怖いから、とてもじゃないけど言えないけどな。

「か、関係ねえし!」

 俺は自分の心情を悟られないように慌てて言い訳をする。

「……」

 彼女はついに無言で球を打ってきた。
 目つきが変わり、目尻が上がった真剣な表情になる。

 この表情はあまり練習中には見られない。

 ……あーくそっ。
 俺はなんかもう、頭にきたのでガムシャラに打ち返した。



カッカッカッ……カッ…………

 球がネットに引っ掛かり、動きが停止する。

 俺のミスでラリーは終わってしまったのだ……。

第2話 嬉しいハプニング

 それから1年後、中学三年生の受験生になってからの出来事だった。

 俺は自慢じゃないが、学業にも向上心というものが一切かった。

 その関係か自分より親が心配して、特に成績の悪かった英語の塾に入れられることになった。正直、グローバル社会がうんぬん言われてもピンと来なかった。

 俺はやる気もないし、めんどくさいから、後ろの席に座り毎日寝ておこうと思っていた。

 俺は不謹慎ふきんしんなことを考えながら、塾に入る。

「よっ原君」
「えっ? 富長君?」

 驚いたことに学校のクラスメートがいたのだ。彼はクラスでも秀才で有名だったし、小学校でも同じ将棋クラブに入ってたこともあり、俺との仲も良かった。

 やべー寝れなくなったな……。

 その直後、衝撃的なことが起きたのだ。

「あれ? 原?」

 北側の席から絶対に忘れられない声が聞こえてきた。

 俺は卓球のラリーのスマッシュを撃ち返すがごとく素早く前を向く。

「っ!?」

 なんと、驚いたことに三島さんも塾にいたのだ。

 くそ、もう完全に寝れなくなってしまった……。

「今日、初めて?」
「えっ? うん……」

 俺はどぎまぎしながら答える。

「そうなんだ。ここの塾の先生、教えるのがすっごく上手でね……」

 彼女は澄んだ声で親切にそんなことまで教えてくれた。

 正直英語なんかどうでも良かったし、彼女と話せたこと、彼女の声が聞けたことが何よりも嬉しかった。

 この時心臓がとても高鳴っていたのを今でも覚えている。

 最初は初めての塾で緊張しているのかと俺は勘違いしていたけども。

 そんなこんなで塾の授業が始まる。

 彼女の言う通り、先生の教え方が丁寧で上手だった。しかし、そんなことよりも斜め前に座っている彼女が気になって仕方なかった。三島さんを見ると真剣にノートにメモを取っている。

 ああ、ここでも彼女の態度は変わらないんだなと俺は改めて思った。

 俺もその姿を見て、なんか知らんがやる気が出てきた。

   ♢

 俺の塾に入る前の英語のテストの点数は百点満点中、四十点。
 そう、やる気がそのまま反映されていた。

 俺は生まれて初めて自分で勉強をすることを覚えた。
 ただ、彼女に負けたくないし、笑われたくないから。

 そして俺は、ヒヤリング方や要点に付箋や赤線をつけてチェックするという高等技術を身に着けたのだ。

 ……当時の自分にとってはだけど。

 方向のベクトルさえ間違っていなければ、努力は必ず結果になって現れる。
 俺は初めて百点というテストの数字を取ることが出来たのだ。

 両親は豆腐の角で頭でも打ったのか? と茶化しながら喜んでくれた。

 うん、今までのやる気のなさと結果からいくとそんな感想になるわな。
 正直俺も両親に喜んでもらえて嬉しかった。

 しかし、何よりも一番嬉しかったのは、三島さんの感想の言葉だった。

「えっうそー? 私九十六点だったのに……原っ、すごーい!」

 正直点数や勝ち負けより、彼女に認められたのが何よりも嬉しかったのだ。

 あの時の驚いた顔と俺に向けた優しい笑顔は今でも忘れられない。

 彼女の笑顔は何にも勝る俺へのご褒美だったのだ。

第3話 ラリー再び

 努力することを覚えた俺は、入りたい進学校の高校に無事入ることができた。

 そして、偶然にも彼女と同じ高校に通うことになったのだ。

 しかし気まずいことに俺は受験勉強の関係で、中学三年の前半に部活は辞めていたのだった。

 幸か不幸か彼女とは別のクラスになった。

 部活は友達から誘われた関係で別の体育系の運動部に入った。

 しかし、この時またアクシデントが起きたのだった。
 彼女が所属する卓球部と隣り合わせだったのだ。

 彼女は何か言いたそうにこちらを見ていた。
 俺はその時バツが悪くて喋りかけることができなかった……。
 
 それから月日が流れ高校三年生の時、テスト期間中だった関係かその日の俺らの部活は筋トレだけで終わった。部活の友達はみんなテスト勉強があるからと素早く着替えて帰って行く。

 俺は汗まみれで、ヘトヘトになった体を休めるため、肩を上下させながら体育館の壁に背を当て体力の回復を計る。

 そして、いつも通り横目でチラリと隣の卓球部の様子を見る。友達から「お前わかりやすい性格してるよな」と言われるくらいにだ。

 この日は何故か卓球部は三島さんしか残っていなかったのだ。

 見ると彼女は中学生時代と変わらない姿勢で、真面目に黙々と練習をしていた。

 見た目も和風美人だったこともあるが、そのひたむきな姿は相変わらず綺麗だった。

 彼女はスタミナが切れたのか動きが止まり、俺の視線に気づいたのかこちらをじっと見つめてきた。
  
「ねえ? 原、暇でしょ? 久しぶりにちょっと付き合ってよ?」

 俺はこの時、彼女に誘われたことが滅茶苦茶嬉しかった。
 「絶対に受からない」と中学の担任の先生から言われてた高校受験に合格して飛び上がって喜んだ時よりもだ。

「えっ? でも……俺」

 そう、嬉しかったんだけど……。

「原、高校に入って真面目に鍛錬してるから体力ついてるでしょ?」

 なんか怒ってるのかな? 声のトーンが上がり、若干彼女の表情が険しくなり、むっとしているように感じた。

 でも、その声は赤ん坊をあやすような透き通る綺麗な甘い声で優しさを感じる……? うーん女性の心情はよくわからないなー……。

 しかし、こいつも俺のこと見てたのかよ。

 うん、正直嬉しい……。

 確かに俺は夜練も毎日でてたし、高校に入って部活をサボったことは一回も無かったな。

「……うーん俺ずっと卓球してねーから、自信ないぜ?」

 正直、卓球は高校に入ってからは、学校の体育祭の時くらいしかやってないので、現役バリバリの彼女の相手になるか自信が無かった。

「じゃいくよー」

 そんな俺の心情をくみ取っているのか、いないのかわからないが、彼女は笑顔で元気な掛け声を出し、打ちやすい軽めのサーブを放つ。

「無視かよ……」

 俺は苦笑いしながら言葉を返した。

 しかし、相変わらず強引だよな……。
 とりあえず、こうなったら付き合うしかない。

カンッ…… 
コンッ……
カンッ……

 軽い腕ならしのラリーから始める。

 俺の体感だが、彼女はあの時以上にキレがいい球を返してくる。
 彼女がずっと真面目に練習している成果が結果として表れているのだ。

「懐かしいねー原ー」

 彼女は笑顔で楽しそうに返す。

 本当に数年ぶりのラリーなので懐かしい……そして……。

「……ああ」

 俺は滅茶苦茶嬉しかった……。
 彼女の笑顔を久々に見れたのと、優しい声を聞けたのが本当に嬉しかったんだ。

 真近に見た彼女は中学時代より綺麗になっていた……。

カン……
コン……
カン……
コン……

 ラリーのスピードは徐々に早くなっていく。

「やっぱ、体力ついてるじゃん原」

 長いラリーをし、俺の卓球の当て感が戻ってきているの確認する彼女。

 嬉しいことを言ってくれる彼女の気遣いに俺は優しさを感じた。

 そして、そんな思いやりがあり、かつ余裕がある彼女の器の大きさも同時に感じる。

「まあな。俺達あの練習の厳しいサッカー部の連中と肩を並べて、毎日五キロ以上外回り走ってるんだぜ? 当たり前だろ」

 その成果か、県の高校でも屈指のキツさと定評がある競歩大会も普通に完走して、アホみたいに体力があるサッカー部や野球部の連中の次くらいの順位だったな確か。

 あまりのきつさに折り返し中、足がつったのを今でも覚えている。サッカー部の友達に励ましてもらって気合を入れなおして根性で走りきったっけ。

 実際俺達の部活の練習は厳しかった。
 他高との合同練習も頻繁に行っていたし、その努力の結果、チームで青森のインターハイに行けたのは良い思い出の一つだ。

 ……努力するという言葉と、それを実行できるようになったからだと本当は彼女に言いたかった。そして、一言「ありがとう」と彼女に言いたかった……。

カ……
コ……
カ……
コ……
カ……

 更に、ラリーのスピードは速くなっていく。

「原、私のこと隣にいる時にずっと見ていたでしょ?」

 彼女は真っすぐの澄んだ可愛らしい声で、俺の心をくすぐってくる……。
 ピンポンの球は打ちやすいストレートだが……。

「み、見てねーよ! おまっずりーぞ?」

 俺はその言葉に思わず動揺してしまった。くそっ……こいつ……こっちは球を打ち返すだけで精一杯なのに、ズルい……。

 今俺が打ち返した甘く、若干緩くなった球は俺の心情の動揺そのものだ。
 




 そしてフルスマッシュの打ち合いになる。

 俺達は無言で真剣に打ち合う。こんな時には言葉はいらない……。

 これはそんなもんじゃない……。



カッカッカッ……カッ…………
 
 球がネットに引っ掛かり、動きが停止する。

 彼女のミスでラリーは終わってしまったのだ……。
 正直、勝った負けただの俺にはどうでも良かった。

 そんなことよりも……もう。

「ねえ? まだ時間あるでしょ? しばらく付き合ってよ?」

 彼女は表情を見た感じ、少し悔しそうな顔をしていたが、声の感じは怒りよりも別の感情が籠っている感じがした?

「え? ああ」

 俺はラリーを続けれる嬉しさと、彼女のその感情が何かを確かめるためにその申し出を受ける。

 結果、今度は俺がミスをする。

「ふふっ、私の勝ちだね!」

 彼女は笑顔で本当に嬉しそうだ。
 相変わらず負けず嫌いのご様子……。

「……とりあえず一対一じゃね?」

 正直ムッとした。

 俺も高校受験や厳しい部活で色んな物をやりきる自信が付いていたので、プライドという今まで持っていないものが身に付いていたからだ。

 そして次の言葉が自然とでた。

「まだ……まだ俺と付き合えよ!」

 俺の言葉に対し、彼女は何か考えているようだった? そして、俺の目を真剣な目で見つめる。何だろう?

「いいよ……ずっと付き合ってあげる……」

 彼女のいつもの勝気な強い声のトーンじゃない。

 今まで聞いたことがない静かな甘えるような声だった。

「えっ?」

 俺は彼女の言わんとしている言葉の真の意味と、その声の理由が分からず困惑し、対して彼女はクスクスと可愛らしく笑う。
 
「……私の告白に対して返したんでしょ?」

 彼女の優しく包容力があり、甘える女性の言葉が『俺のハート』に突き刺さる。

カッカッカッ……カッ…………

 あれ? あっ……これは参った。心の死角をカウンタースマッシュで一本取られて俺の負けだわ……。

 そう、恋愛は惚れた人間の負けなのである……。

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