見出し画像

あるバンドマンのつまんない歴史。

10代の時はずっとバンドをやっていました。始まりは中学校の軽音楽部です。そこで初めて「バンド」というものをやり始めたのです。当時はガンズやポイズン、メタリカなどをカバーしていました。

高校生になってからはレッド・ツェッペリンのカバーバンドを先輩のとやりながら、オリジナルバンドでライブハウスにも出演するようになったのです。

吉祥寺クレッシェンド、立川アクト、国分寺モルガーナ、神楽坂エクスプロージョン、目黒鹿鳴館などに出演していました。

学校を卒業し社会人となるも、バンド活動をしたくてしばらくの間メンバーを探していましたが、どうしても見つける事が出来ず、ソロで打ち込みで曲を作るようになりました。

J-waveでオンエアされたりもしましたが、特にコレといった反響もなく、鳴かず飛ばずのまま時は過ぎ、やがて結婚をします。

嫁さんはフルーティストで僕はギタリストなので「じゃ俺、ガットギター弾くからボサノバでもやってみようか?」と2005年に始めたのがKONNODUOなのです。

結成して直ぐオリジナル曲を作りました。KONNODUO初期に作成した楽曲は今でもかなり多くを占めています。

KONNODUO用に作った最初の曲
「二人はカリオカ」

元シュガーベイブのGr村松邦男さんと知り合うきっかけとなった曲

「Gran Hotel Victoria」

でも動員力がない為、なかなかオリジナル曲でのライブは難しく、最初はボサノバ スタンダードを演奏していました。KONNODUOの初めてのライブは渋谷区宇田川町にあるbar bossaというお店でした。noteでもお馴染みの林さんがマスターのお店です。

その後、とあるきっかけで元シュガーベイブのギタリスト村松邦男さんと知り合いました。村松さんはR.O.M.Aというバンドをやられていて、何度か対バンに呼んで頂き吉祥寺の曼陀羅などに出演しました。

その後は数年にわたり代官山を拠点に活動していました。最盛期には代官山エリアだけで10数カ所で演奏しておりました。現在はコロナの影響もあり老舗フレンチレストラン シェ・リュイさんにてのレギュラーのみとなってしまいました…。

そんなこんなで今年で結成15年になります。オリジナル曲も30曲程に増えました。まだコロナの影響で気軽にライブが出来る状況では御座いませんが、いつの日かまた復帰したいと思っています。

しかし、僕らKONNODUOが慢性的に抱えている深刻な問題があります。それは…。
「曲が聴かれない」
「認知度が低い」
「どうせ大した事無いと思われる」
「人気がない」

というものです。ある意味ほとんどの音楽家が抱えている問題だとは思いますが、KONNODUOの場合は本当に深刻でして。なんせ15年も活動しているのに未だにファン層が形成されないのですから。

なのでKONNODUOとコンセプトが近いと思われる日本人アーティストを挙げさせて頂きます。こういった音楽性がお好きならKONNODUOも気に入って頂けるのでは無いか?と考えました。

「エゴ・ラッピン」さんお好きな方多いですよね、きっと。
KONNODUOのdécadenceな雰囲気もお好きだと思いますよ。

いかがですか?

時の経つのは早いもので、もう40代も終盤に差し掛かる年齢になってしまった夫婦ですが、ちょっとでも興味を持っていただけるとこの上ない喜びでございます。

宜しくお願い致します。

僕、こんな曲を作っている人です。


私の創作活動の対価としてサポート頂けましたら、今後の活動資金とさせていただきます。皆様よろしくお願い申し上げます。