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人を好きになれない彼女について

2月18日、僕に彼女ができた。

6月15日、彼女と別れた。

恋愛がわからないと言われた。「『人としての愛情』は痛いほど伝わってくるし、本当に嬉しい。だけど、『恋人としての愛情』を受け止められる器が私にはないの。」そう言って申し訳なさそうに俯く彼女の表情は、まるで万引きがバレて叱られている高校生のようだった。

彼女がこれまで異性を好きになったことがないということは前から知っていた。それは彼女の病気からくるコンプレックスが原因で、僕はそれを承知で付き合っていた。いつか彼女の本当の初恋の相手になれるように努力していた。

でもそれも叶わなかった。結局、4ヶ月付き合って彼女に心境の変化が見られなくてフラれた。4ヶ月、毎日頻繁に会えていたわけではないけれど、恋人としての振る舞いは意識していた。それでも彼女をその気にさせてあげられなかったのは、紛れもなく僕のせいだ。

僕は何度も「幸せにしてあげられなくてごめん」と謝った。

「君は本当にいい人だったよ。私の病気を理解して、それでも付き合ってくれる人がいるなんて思ってなかった。こんなに私のことを考えてくれる人はこれまでいなかったし、今後も現れないと思う。でも恋人として好きかと聞かれるとそうじゃない。バカな女だよね、きっと後悔する。」

彼女の「こんなに尽くしてくれているのに好きになれない」という自分を責める気持ちと、「一生この人を護ってあげたい」という僕自身の行きすぎた愛情がすれ違いを生み、こんな結末を招いてしまった。

僕は女々しくも泣く泣く、本当に泣く泣く別れを決意した。

*****

終電ギリギリまで話し込んでしまった。慌てて店を出て、駅に向かった。

改札前の別れ際、借りていた尾崎世界観の「祐介」と「苦汁100%」を返した。ついでに「こんな形で渡すことになるとは思ってなかったけど、餞別だね。」と言って、彼女の好きなロードバイクの絵があしらわれているTシャツをプレゼントした。

中身を確認した時、彼女はそれまでの会話や雰囲気が嘘のような満面の笑みを浮かべて「ありがとう、大事に着るね。物に罪はないからさ」なんて言った。その笑顔を見た途端、僕は拍子抜けしてしまった。この別れ話をしている陰鬱とした雰囲気の中で、たかだか800円のユニクロのTシャツでそこまで笑顔になれる彼女が理解できなかった。どんなにキスをしても、どんなに抱きしめてもどうしたらいいか分からずに困ったような顔しかしなかった彼女が、こんなにいとも容易く笑顔になってくれることをその時初めて知った。

彼女は本当に僕のことを恋人として見れなかった。「このまま付き合っても、僕じゃこの子を幸せにしてあげられないかもしれない」と思ってしまった。

800円のTシャツ1枚に負けた僕の市場価値っていったいいくらだろうか。

いつだったか、「私って人間としてどこか欠陥があるんだよね」なんて自嘲気味に笑う彼女を思い出した。僕は「そんなことないよ」と笑い返していたけれど、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

彼女は「じゃあね、元気でね。」と言って右手を差し出してきた。その手を取っていいのか僕にはわからなかった。苦し紛れにようやく「病気治して、幸せになってね。」とだけ言って改札を通った。

電光掲示板には、最終電車が20分遅れていることを知らせる赤い文字が流れていた。その瞬間、もう少しだけ一緒にいたい気持ちが芽生え、たまらず振り返った。

そこにはもう彼女の姿はなかった。

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