「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(1.始計篇)
スピーチやプレゼンテーションは、あらゆる人間関係において、主導権を握ったり、リスクを回避するために極めて重要である。深い理解と実践方法の習得が不可欠である。
【解説】
孫子の兵法が書かれた頃は、「武器による戦い」の時代でした。
選挙による多数決や、プレゼンテーションの良し悪しにより、商品の売り上げが大きく左右される現代とは状況は違いますが、「人間そのものに対する理解」が勝敗を決するという意味では、「全く本質は変わっていない」といえるでしょう。
人間に対する「浅い理解」と「表面的なテクニックの模倣」では、勝利はおぼつかない。このことを、まずは念頭に置きながら読み進めてまいりましょう。
そのためには、まず5つの要点を押さえた上で自らの能力を把握し、7つの比較軸を持って、ライバルとの関係性を判断する。
5つの要点とは「主題」「時」「会場」「人格」「内容と話し方」である。
「主題」とは、聴衆と話す人との連帯感を生じさせるものである。これがあれば、聴衆は話を聞いた時に感動するだけではなく、その後の生き方にも影響をおよぼしていく。
「時」とは、流行、事件、イベント、季節、などの条件をいう。
「会場」とは、聴衆の種類、式典の内容、聴衆の人数、演台の有無、紙やスピーチプロンプターなどの有無などの条件をいう。
「人格」とは、見識、幅広い知識、人間に対する洞察力、言動の一貫性、決断力、勇気など、話をする人の人間性の問題である。
「内容と話し方」とは、全体の構成、「読み上げるスピーチ」を行う場合の原稿、「( 語り掛ける)パブリックスピーチ」を行う場合の台本など具体的な方法のことである。
この5つの要点は、リーダー的な立場にいる人は、温度差こそあれ心得ているものである。しかしこれを本当の意味で理解し、武器として使いこなす者だけが、勝利を掴むことができる。反対にそれぞれの理解度が浅かったり、関連性が理解できていないのであれば、勝利を収めることはできない。
さらに、次の7つの比較軸に照らして、同じ立場や目的で、ライバルに勝ち、より多くの人の支持を得るために、方針を決定する。
一、ライバルに比べて、リーダーとして結果を残しているのか。
二、ライバルに比べて、優秀なパートナーがいるのか。
三、ライバルに比べて、天の時と地の利を得ているのか。
四、ライバルに比べて、実績を上げるためのノウハウを確立し、かつ実行できているのか。
五、ライバルに比べて、自分のしていることが魅力的であるのか、発信力に優っているのか。
六、ライバルに比べて、自分自身や協力してくれる人の実務能力は高いのか。
七、ライバルに比べて、勝負感を持って物事に取り組み、自らに高いハードルを課しているのか。
この7つの比較軸を比較検討した上で、スピーチの成否の見通しをつけなければならない。
【解説】
例えばサッカーやボクシングに勝利するためには、「攻撃」と「防御」の両方を考えなければならない。当然のことではないでしょうか。さらにいえば「攻撃」の中でも、「派手な大技」を「前後関係」を無視して繰り出したとしても、上手くいくはずがないのは容易に想像がつくと思います。
マラドーナのような「神の手ゴール」だけを狙っているサッカー選手や、『あしたのジョー』に出てくる必殺技、「クロスカウンター」のみが頭にこびりついているボクサーは、退場の憂き目にあったり、1ラウンドでボコボコにされてKOされるのは自然の流れであるといえるでしょう。
「言葉の戦い」であるスピーチにおいても、同じことがいえます。
さらにいえば、「スピーチで人を感動させたい」と目をキラキラさせている、お花畑的な価値観から自らを解放し、上手に言葉を「運用」するためには、お医者さんのようにいろんな事柄を細かく分けた上で、一つ一つ丁寧に見ていく必要があります。
5つの要点と7つの比較軸で自分と周りの状況を「立体的」に見ることは、「神の手ゴール」や「クロスカウンター」のような「いいとこ取り」を狙う「平面的」な物の見方とは対極にある考え方だといえます。
例えば、以下の事例について見てまいりましょう。
●2017年4月25日、今村震災復興大臣が所属する派閥のパーティーで「まだ東北で、あっちの方でよかった。首都圏あたりだと莫大、甚大(な被害)だったと思う(出典 日本経済新聞)」という発言を行う。結果、実質的に罷免されることに。
●この挨拶は、派閥の領袖である自民党の二階幹事長が「度重なる失言により、失墜した信頼を回復するための舞台」として用意したとのことである。
●もし仮に今村大臣が自分自身の、つい場の雰囲気にほだされて、余計なことをいってしまう資質(5つの要点の【人格】)やマスコミから「札付きの放言大臣」とレッテルを貼られている状況(7つの比較軸の【天の時と地の利】)を正しく認識していれば、スピーチライターや秘書などに話す内容を事前にチェックしてもらった上で、「守りのスピーチ(書いた物などを読み上げる/準備した以外のことは言わない)」を戦略的に運用することもできたはず。
スピーチを行う人が、先に述べた5つの要点と7つの比較軸を用いるならば、必ずスピーチに成功するであろう。反対に用いないのであれば、スピーチに失敗することになるであろう。5つの要点と7つの比較軸という原則を理解した後は、聴衆の状況に基づいて効果的なフレーズを使うことが求められる。
スピーチとは「新鮮な切り口の言葉」の異名である。
そのためにあえて美辞麗句ではなく、地に足のついた言葉を用い、オーバーアクションな言葉を用いるのではなく、一歩引いた表現も駆使し、手垢にまみれた常套句を避けながら、ウイットというスパイスを効かせたフレーズを用い、聴衆が過度に情緒的な言葉を求めているときは肩透かしを食らわせ、漫然と話を聞いている人々には、キレのあるフレーズを用いて目を覚まさせ、鵜の目鷹の目でこちらの揚げ足取りを伺っている聞き手には、ガードを固めて失言のリスクをつぶし、こちらの批判が逆にブーメランとして返ってくるリスクがある時には、あえて言及を避け、ライバルが感情的になっている時には、挑発して火に油を注ぎ、逆に謙虚な姿勢を示しているときには、巧みにお世辞を使って慢心させ、安心している時には痛いところを突いて疲労感を煽り、ライバル同士が団結している時には、言葉の石つぶてを投げて、分裂させる。
スピーチによって、「共感を得る」ことが目的の場合もあれば、「ライバルを攻める」ことが必要な場合もあるだろうが、いずれにあっても、シンプルな中に意外性と新鮮な印象を与える言葉により、人の心の隙間をつくことが必要になる。これがスピーチライターのいうところの効果的なフレーズであって、取材を行う前には伝えることのできないものである。
スピーチを行う前に成功する見通しがつくのは、5つの要点と7つの比較軸に基づいて考えた結果、勝ち目が多いということである。逆に失敗する予測が成り立つのは、5つの要点と7つの比較軸に基づいて、成功する可能性が少ないからである。
条件の違いにより、スピーチの成否が決まるというのは当然のことである。
【解説】
タモリさんは「スピーチの達人」といえる人ですが、オーバーアクションな物言いをしたり、自分の言葉に酔うといったことがありません。この姿勢はギネスブックにも登録(同一司会者による、生放送バラエティ最多放送記録)された番組、「笑っていいとも!」の最終回においても貫かれていました。
お昼のレギュラー番組のラストにおいても、その晩放映されたグランドフィナーレにおいても、最後の掛け声は「また明日も見てくれるかな?(タモリさん)」「いいとも!(客席)」でした。
お昼の終了間際、出演者の一人がタモリさんに「最後にどんなことをいうのか、日本中が注目していますよ(趣意)」と水を向けました。
結果は、奇をてらうことなくいい意味での予定調和なフレーズである、「また明日も見てくれるかな?」のフレーズで締めたタモリさんでしたが、もし仮に「万感の思いを込めたメッセージ」を叫んだり、ビートたけしさんのような「毒舌」で結んだとすれば、ひょっとすれば奇異な印象が残ったかもしれません。
「身の丈(人格・見識)に合う表現」をさりげなく使いこなすタモリさんは、「言葉の運用のプロ」として一流といえるでしょう。
本節の意訳の中に、「聴衆が過度に情緒的な言葉を求めているときは肩透かしを食らわせ」とありましたが、タモリさんは天性の感覚と経験、そしておそらく見えない努力によって、場の空気を見極めているのではないかと思います。
しかし、タモリさんに比べれば人前で話す機会が少ない私たちが、「リスクを最低限に抑え、身の丈(人格・見識)に合う形でリターンを最大化させる」ことを目的にしたフレーズを使いこなすことは簡単ではありません。
やはり場の空気に色を付け「見える化」するためには、前節の解説でも書いたように、「状況を細かく分けて分析し、調べ上げる」という「事前の準備」が欠かせません。その上で「どうしてもインパクトのあるフレーズを使いたい」という時には、「複数のフレーズ」を用意しておき、その場で決断するという判断もあり得ると思います
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