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「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(4.軍形篇)

 過去にスピーチを成功させた人の多くは、まずリスクを想定した上で失言する可能性を減らし、効果的なフレーズで聴衆の心を掴むことに思いを巡らせた。このことで明らかなように、失敗を回避できるかどうかはこちら側の問題であるが、ライバルに勝利し、聴衆の心をわしづかみにできるかどうかは、外的な要因がどうであるかにかかっている。
 したがって、どんなにスピーチが上手な人でも、問題発言や自己矛盾や場の空気の読み違いを回避することはできるが、百発百中で聴衆の心を掴み、行動を起こさせることはできない。
 すなわち、「成功の可能性を高めることはできるが、必ず成功するとは限らない」ということである。
 したがって、スピーチの上手な人は「守るスタンス」で話をするときは、手のうちを明かさずライバルにつけいる隙を与えず、「攻め時」と見れば効果的なフレーズを連呼する形で攻め立て、ライバルに反論の機会を与えない。かくてイメージダウンという失敗を犯すことなく、自らの立場を有利にすることができるのである。
 やたらとオーバーアクションな物言いで、世間の注目を集めるようなスピーチは最善なスピーチではない。また、表面的な情緒に絡め取られ、聞いた人を思考停止に陥らせるような話も最善のスピーチとはいえない。
 例えば、聞いた人が「なるほど」というフレーズを一つ発したとしても、誰も文豪とはいわない。一般的に使われていない専門的な用語を使ったとしても、誰も「天才ですね」とはいわない。変わったエピソードを紹介したとしても、誰も「世界一の物知りですね」とはいわない。今いったことは普通の人であっても、インターネットで少し検索すれば、題材はいくらでも見つけられるからである。
それと同じように、過去にスピーチを成功させた人は、自分の見識や行動の身の丈に合った形で無理のない話をしている。だから、仕事の成果に比べてスピーチそのものは目立たないことが多く、その雄弁さがもてはやされる事は少ない。
 したがって、スピーチを成功させるとは、繰り返し述べているように、失言のリスクを最低限に抑え、身の丈に合った形でリターンを最大化させるということであり、このことを理解している人は万に一つも失敗することがない。なぜなら、既に負けているライバルやライバルになりうる人を敵にして戦っているからである。つまり、スピーチが上手な人は「負けない体制」を築き、ライバルの隙はのがさずとらえるのである。
 今いったように、普段から自らの見識や決断力を磨く努力をし、成功する体制を整えてからスピーチを行う者が勝利を納める。
 逆に本番の直前になってから慌てて「世界を変える」「聴く人を感動させる」「ジョブズのプレゼンによれば」などといって、いいとこ取りをもくろむ人は、「自己満足」「ただのパフォーマンス」「あの人はいっていることと、やっていることが違う」などと批判された、過去の政治家と同じ運命を辿ることになる。
 それゆえに、スピーチを単なるパフォーマンスではなく、長期的な視点で「成功」を勝ち取るための重要な手段の一つと考えるリーダーは、まず自らや関係する人たちの仕事のあり方を見直し、成功体験や貴重な失敗の体験を、再現可能なノウハウとして確立した上で実行し、勝利する体制を築いていくのである。
 スピーチの成否は、次の要素によって決まる。
一.伝えようとしている課題が、どれだけ幅広い人から支持される潜在力を持っているのか
二.自分自身がどれだけ、幅広い知識と見識の深さを持っているのか
三.自分の支持者が現時点でどれだけいるのか
四.自分自身の人前で話す能力がどれだけあるのか
五.前段の四つに照らして、スピーチを成功させる見通しが立つのか
 ライバルやライバルになりうる人に比べて、こちらの戦力が500倍以上も優っていて初めて必ず勝つといえる。反対に戦力が逆の場合には、必ず敗れる。
 スピーチを成功させて勝利を収めるものは、満々とたたえた水を谷底に切って落とすように、一気にライバルを圧倒する。スピーチを成功させる体制を組むとは、このことをいうのである。

【解説】
 リーダーが用いるべき言葉の力は、大別すると「①対話力」「②文字に残す力(読むスピーチや本、SNSによる発信など)」そして「③(語り掛ける)パブリックスピーチ力」の3種類です。それらの力の源泉となるのは、「身の丈(人格・見識)」の高さであり、身の丈に合わない形で言葉の力を運用しても、必ず後で「あの人はいっていることと、やっていることが違う」というブーメランとして返ってまいります。

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