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愛情を込めて見つめる —まど・みちおの詩「つまようじ」について—

 今回は、詩人、まど・みちおの「つまようじ」という詩について見ていきます。


   つまようじ

  どこにそだった
  どんな木の
  どんな部分だったのだろう

  と遠い目をして見つめても
  かえってくるのは
  もっとずうっと遠いまなざし…

  たどりついているのだ!
  もう いまは…
  この世のぜんぶの生き物が
  そこへと かえっていく
  ふるさとに…

  そして すごしているのだ
  ほんとの自分にもどれて
  ゆうゆう のうのうと…
  はてしない 星のじかんを
  星の思いのままに はてしなく


 この詩の題材は、一本のつまようじです。つまようじと言えば、歯に挟まった物を取り除く道具であるということが、まず念頭に浮かぶと思います。しかし、この詩の語り手は、つまようじについて語りながらも、その機能性にはまるで注目していません。その上で、語り手独自の発想を展開させ、普通の人が思いつかないようなことを語っています。どういうことなのか、以下に説明したいと思います。
 この詩はまず、つまようじとは、切り倒された木から造られたものであるという事実を前提にしています。その、切り倒された木について考えてみましょう。この木は、既に死んでいるので、その命は、死んだ後に万物が辿り着く場所に居るのではないかと、この詩の語り手は考えています。作中で、その場所は、「ふるさと」と呼ばれています。「ふるさと」という表現から、それは、万物が生まれ出る前にいた場所と同じところであることが示唆されています。その「ふるさと」は、空間上の場所ではなく、万物がそこから生まれてくる、不思議な混沌とも呼べるものだと想像されます。
 そして、先ほども述べたように、この詩の語り手は、つまようじが切り倒された木の残骸であることを前提にして詩の内容を語っています。この前提は、まだ、語り手独自の発想とは言えません。つまようじが木から造られたということは、誰でも思いつき得る事柄だからです。しかし、語り手はここで、ある大胆な発想を試みています。
 木の残骸であるため、つまようじに命は無いにしても、命とは異なる何か本質的なもの(それをここでは仮に<存在の中心>と呼びましょう)が、この物体にはあるという発想です。そのように、<存在の中心>を想定したことで、初めてこの詩は成立可能になっています。つまようじという木の残骸は、一本の木の命を失ったままそこに在るため、その命が死後の世界にある一方で、その<存在の中心>はこの世界にあるのではないかという考えが、この詩には隠されているのです(「死後の世界」とは、前述した通り、「ふるさと」を指します)。つまり、普通ならば、生物の遺骸は、ただのからっぽな遺骸であると考えられます。しかし、その遺骸がこの世に在るということに目を向けることで、遺骸は、その<存在の中心>を内包するものとして甦ります。そこで、死んだまま生きているというような、この詩のつまようじ像ができあがるのです。この、つまようじに<存在の中心>があるという発想は、この語り手独自のものであると言えるでしょう。しかし、実際、つまようじは目の前に存在しているわけですから、それはからっぽなものではなく、そこに<存在の中心>があるのではないかと考えることは、極めて論理的です。
 ここで、作中の内容に戻りましょう。「はてしない 星のじかん」もしくは「星の思い」という表現は、つまようじが既に死んだ木であることを表しています。つまり、人が亡くなることを「星になる」と言いますが、そのような意味での「星」です。
 それにしても、なぜつまようじなのでしょうか。木から造られた他の道具、例えば机や椅子でなく、他でもないつまようじが題材に選ばれているのは、つまようじが最もシンプルな木製の道具だからではないか、と考えられます。つまり、つまようじは、全ての生物の遺骸を象徴するものとして登場しているのではないかと。そう考えることは、つまようじを、死んだまま生きているという、生物の遺骸の運命を象徴的に表すものとして捉えることに繋がります。
 しかし、この詩の発想の起点は、あくまで、つまようじそのものです。この詩の感動のポイントは、普通の人がその機能性にしか注目しないつまようじについて、実は大きなものを内包した不思議な存在なのだということを示している点にあります。だから、作品の形式としては、語り手が目の前のつまようじをじっと見つめて、そうして掴んだ事柄を語るという形になっています。
 このように、詩「つまようじ」は、つまようじをじっと見つめた語り手が、その本質に肉迫していくという作品でした。愛情を込めて見つめることで、その本質を掴むという、まど・みちおらしい作品であると言えます。

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