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1月日記|ソウル、そして日常。


■6年ぶりの海の向こう

2024年の2日目。10年ぶりに韓国を訪ねた。人生3度目の訪韓。

海外旅行は実に6年ぶり。コロナで海外渡航も難しかった2021年、海外に行けるようになったらすぐに行けるようにと新調したパスポートは、お披露目になるまでに実に3年がかかった。

成田空港とも6年ぶりの再会だ。6年前も今回も、年明け早々日本を発つ。クリスマスや年越しのシーズンを過ぎてから海外渡航するのは、飛行機のチケットやホテル代が少し安くなるというのが理由。だけど、非日常的な季節に旅という非日常的な時間を過ごすという行為自体にも、私は魅せられてしまったのかもしれない。

「散歩するように旅をする」

それが今回の旅のテーマ。だから荷物もうんと少なくした。ボストンバッグひとつとリュックひとつ。スマホに財布、パスポート、着替えと洗顔用品、化粧品、文庫本を何冊か、メモ帳と日記、ペン。そして、ソウルで会うことになっている友達へのおみやげ。旅に出ると、自分にとって本当に必要なものが何かよくわかる。

* * *

まだ太陽も昇っていない時間に家を出て、成田空港へ向かう。窓の外の眠った世界を太陽がどんどん照らしていくのに思わず見とれてしまい、電車の中では読書に全く集中できない。飛行機の中でやっと茨木のり子さんの『ハングルへの旅』を読む。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という詩のフレーズを聞いたことのある人は少なくないだろう。その詩人が、50歳を過ぎてからハングルを学び始めたと知ったのはここ数年のことだった。

行く言葉が美しくてこそ返る言葉も美しい
가는 말이 고와야 오는 말이 곱다
(「売りことばに買いことば」の反対)

雪を食べていた兎 氷を食べていた兎 みんなそれぞれ
눈 먹던 토끼 얼음 먹던 토끼 다 각각
(「過去の環境によって、考えも能力もそれぞれにみんな違う」の意)

機内でハングルがそこかしこに散りばめられた詩人の随筆を読み進めるうちに、つい昨日まで日本の日常にどっぷり染まった心身が、物理的にも精神的にも彼の国に近づいていく。

■個展 < Nostalgia >、はからずも郷愁

仁川空港に降り立ち、手荷物受取所の横をさっと通り過ぎる。荷物を機内持ち込みだけにしておくと、荷物受取のタイムロスを回避できるのがいい。

韓国の交通系ICカード・Tmoneyを自販機で買ってチャージし、空港鉄道に乗り込む。窓の外には、冬枯れの田園風景が広がっている。仁川からソウル市内まではこんなにも田畑や山が多かっただろうか?10年前の記憶をたぐりよせようとするも、うまく行かない。

しばらくして、優に20階30階はありそうな高層マンション群が姿を見せ、私はようやくほっとする。「ああ、韓国に来た」と。初めて韓国を訪れた時は、高層マンションの数と、何よりその高さに驚いた。地震がきたらどうするのだろう。そんな心配をよそに、この半島では地震はめったに起こらないらしかった。土地が違えば、その特性もその上に築かれる建物も精神も違うのだ。

空港鉄道とバスを乗り継ぎ、弘大(ホンデ)にあるギャラリーに向かう。今回の旅行の一番の目的。「年始に海外に行く」とだけ決めて行き先を探していた時に、SNSでたまたま知ったイラストレーター、バン・ジスさんの個展。

ソウルの友人とはギャラリーで待ち合わせ。個展のタイトルは < Nostalgia >。その名のとおり、どこか懐かしい、日常のやさしい一瞬をそのまま時間を止めて閉じ込めたような作品がいっぱいだった。

韓国版『食堂かたつむり』(小川糸)『西由比ヶ浜駅の神様』(村瀬健)の表紙を手がけているのも納得のあたたかなイラストの数々。

在廊していたバンさんは日本語も勉強していらっしゃるそうで、私のつたない韓国語に比べたらはるかに上を行っていらっしゃった。いただいたサインは一生の宝物になるに違いない。

ギャラリーを後にし、友人と食事とお酒を楽しんだ後、ホテルに戻ってシャワーを浴び、テレビをつける。海外旅行客も多いのか、イギリスやオースラリア、そして日本のニュース番組など充実したチャンネルラインナップ。日本でテレビのない生活をしている身にとっては、テレビがあるだけで非日常。

そんな非日常を上塗りするように、灯りを落とした部屋のテレビ画面の中に羽田空港で燃えさかる機体が映った。状況はまだだいぶ混乱しているようで、なかなか詳細がわからない。このまま夜更かししても埒があかないと諦めて眠りについた。

起きてまたテレビをつけると、各国のメディアが羽田の事故について報じている。自国民でこの機体に乗っていたのは何名であるとか、事故の原因はこうであるらしいとか。

自分が日本にいないときに、何か国際的にもニュースになるようなことが日本で起こることは初めてで、たとえば大地震が起きた時、国外にいた友人たちはこんな気持ちだったのだろうかとぼんやりと思う。自分はそこから遠く隔たれていて、今いる場所で、今できることをするしかないという。郷愁じみた思いがひとかけら、心の中に転がる。

■精神文化の結晶たち

翌日はホテルの近くで朝ごはんを食べ、歩いて明洞大聖堂に向かう。渡韓前、地図でホテル周辺を確認した時に明洞大聖堂を見つけてから、絶対に行こうと決めていた。

19歳で初めて韓国に降り立った時、私の目を引いたのは、無数の高層マンションと、教会の多さだった。夜行バスの中から見えた、いくつもの赤いネオンの十字架。ここ数年見た韓国ドラマの中にも教会はたびたび出てくる。明洞大聖堂はドラマ『39歳』のロケ地でもあった。

曇天の下、冬の冷たく乾いた空気を吸いながら広い敷地内の階段を登っていくと、聖堂はすぐにその姿を現した。1892年着工、1899年完成。46.7メートルの高い塔を有するゴシック様式。レンガ模様とたくさんの窓。観光客と信徒たち。

ミサの最中で教会の中には入ることができなかったので、敷地内のベンチに座ってしばらく塔を眺める。塔のてっぺんにある十字架に鳥が止まり、しばらく羽を休め、そして飛び立っていった。

6年前、イタリアに行った時もこんな時間があった。バチカンで、サン・ピエトロ大聖堂のクーポラに登るため、広場をぐるりと囲むような長い長い列に並んでいるとき。柱廊で縁取られた青空を横切って飛んでいった鳥の姿が脳裏に蘇る。

私は日本でも寺社仏閣にはよく足を運ぶ方だと思うし、海外でもいわゆる宗教施設や、精神文化の結晶であるような建物を訪れることは多い。きっと、そうしたものを通じて人間を知りたいという欲求が根源にあるのだろう。

* * *

明洞から地下鉄でリウム美術館へ。ソウル市内に数ある美術館の中でどこに行こうか迷ったものの、周囲の前評判を聞いて今回はリウム美術館を優先することにした。

評判通り、建物自体も美しい。その美しい建物の中に、たくさんの美しいものが住んでいた。


音声ガイドを持って作品に近づけば、音声ガイドが自動的にその作品について、骨伝導ヘッドフォンを通じて優しくささやいてくれる。

画面をタッチすれば、その作品の詳細−−例えばサイズや造られた年代−−をあらゆる角度の写真とともに知ることができる。ITテクノロジーの使い方までもが美しい。

館内を堪能したあと、ロビーにあるカフェで「イテウォンコーヒー」を注文する。エスプレッソとスイートミルクが組み合わさった濃厚な甘苦さが、美を尽くした空間で受け取った膨大な情報でパンクしそうな脳みそを癒していく。

■世界のどこかの日常

美術館を後にし、地下鉄で今度は光化門(クァンファムン)エリアへ。次なる目的地は郵便局と本屋さんだ。

李舜臣像が立つ大きな交差点近くの郵便局は、人でごった返していた。大きな段ボール箱を持ち込む人もいれば、同じような封筒の山に、ひたすら宛名のシールを貼っている人もいる。IT先進国と言われる韓国で、郵便局がこんなにも混んでいるとは少し意外だった。荷物の配達という意味では、混雑も然るべしなのかもしれない。

順番待ちの札を受け取ったあと、翻訳アプリで「このハガキを海外に送りたいので、切手をください」と韓国語で表示させ、順番を待つ。「アンニョンハセヨ」の挨拶のあと、スマホを見せると窓口の女性はテキパキと切手を準備してくれた。

お正月だからだろう、用意してくれた切手は龍のモチーフだった。干支という同じ文化を共有していることに少しほっとする。「亥」が豚か猪かは国によって異なるところだとしても。

続いて向かった郵便局近くの本屋さんは賑わっていた。若者と家族連れが多かったように思う。テーブル席も併設の、おしゃれTSUTAYAのような本屋さん。日本語の本はないかと外国書籍コーナーをしばらくうろうろするもいっこうに見つからず、朝から歩きっぱなしで疲労困憊の体がそろそろ音を上げ始めた頃、ふと目の前にあらわれる「日本書籍」の表示。

その書店では、日本書籍コーナーは外国書籍のいちコーナーではなく、独立したコーナーとして、それはもうふんだんにスペースをもらっていたのだった。けれど、「ああ、日本語。ああ、懐かしい」という感覚はまるでなかった。空港や電車内の表示、美術館の音声ガイド、また滞在している明洞という土地にも日本語はあふれかえっていたから。

ただ、日本の新作も同じように並んでいることには驚いた。本に限らず、今では世界のどこにいようともネットで同じコンテンツを同時に楽しめるのが当たり前だとはいえ。

世界のどこか。私は今、世界のどこかにあるひとつの日常の中にいて、私の日常は今、世界の別のどこかにある。

■旅によって鮮明になる日常の輪郭

旅の、特に一人旅の愉しさを聞かれると、私は言葉に詰まる。説明しようがないわけではなく、説明したいことがありすぎるから。

住み慣れた場所から物理的に離れていく解放感。見慣れぬものへの驚き。その土地に流れる空気の湿度や温度、街のざわめき、あるいは静けさ。人々の生活。非日常の中でこそあらわになる自分の日常、そして自分自身。ぼやけていたものの輪郭がどんどんクリアになっていく爽快感。旅先から戻ったときのどうしようもないほどの安堵感。それらすべてに私は魅了されている。

きっと私は、日常をより鮮やかにするために旅に出ているのだ。旅が日常の生活になるとしたら、逆に定住という非日常を求めるようになるのだろう。

2024年、最初の月。今年何が起こるとしても、この記事を書いたからこそ、私はいつでも「ここ」に、「この気持ち」に戻って来れる。さあ、2ヶ月目の始まりだ。

(終)



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