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私にヨガの先生はできません!【第十八話】本社会議
【第十八話:本社会議】
「わかってたけど、やっぱり眠い……」
結局、一睡もできないまま朝を迎えてしまった。六月下旬のこの日は、本社会議に出席しなきゃいけない。だから、体力を万全にしておきたかったのに。
天候はあいにくの雨。
私は新幹線の座席で、雨粒のついた窓の向こうを眺めながら、憂鬱さを感じていた。本社会議には、全国各地で店舗を任されている店長たちが集結する。プラス、毎月、一人か二人の社員が勉強を兼ねて参加することになっている。あろうことか、今月は私の番だった。
「知られてるよね……?」
誰に問いかけるわけでもなく呟く。
四か月ほど前、私は、見ず知らずの人にポスティングを依頼してチラシをマンションのごみ捨て場に放棄されるという、過去に前例がないことをやらかした。岩倉店長が本社に報告して謝り、私も始末書を提出して、丸くとはいかないけどひとまず収まった。
そんなことがあった後だから、自業自得とはいえかなり気まずい。できるだけ目立たないように気配を消しておこう。
そう決心して、私は本社が入っている都内のオフィスビルの入り口で岩倉店長と合流した。
「広いですね」
ガラス張りのオフィスビル八階、そこの一番角にのところに本社はあった。
「そうだな。前は、もっと小さなマンションの一室だったんだがな。二年前に引っ越したんだ」
オフィスの扉を開けて中に入ると、廊下のところから、会議をするスペースと来客用の小部屋が見えた。メインの事務所には白くてテカテカしたデスクが並んでいて、知らない人たちが忙しそうに、タイピングしたり、電話を肩に挟んで通話したりしている。この間取りだと、きっと、奥には社長室があるんだと思う。
社長は両親と同世代くらい、五十代の女性だと聞いている。
企業サイトの社長プロフィールの写真では見たことはあるけれど、本物にお会いするのは初めてだ。
「あ、店舗数も増えてますもんね。会議の参加人数も多くなってそう」
「ああ。前のマンションではさすがに入り切らないだろうな」
岩倉店長は本部の執行役員の方々に私のことを紹介してくれた。「ヨガ、やってるんでしょ? 頑張って」「会議、緊張してるの? 大丈夫よ」などと話しかけてくれる。
誰一人として、ポスティング事件のことには触れてこなかった。それどころか優しく接してくれるものだから、余計にあのときはごめんなさい、という申し訳ない気持ちになる。
「では、六月度の会議を始めます」
進行役の男性の声で、会議室内のざわめきがぴたりと止まった。
ざっと見る限り、男女比は半々くらい。以前、えりかさんが言っていた「会社は女性管理職を増やしたいらしい」という言葉を思い出す。
たしかに、女性専用のヨガスタジオが増えてきているわりには、足りていないのかもしれない。
会議は午前と午後にわけて、一日中おこなわれるらしい。
午前は各店舗の数字の報告。各店が売上や支出、おこなった施策のことなど、良いことも悪いことも報告するみたいだ。
その後、質問がなければ次の店舗が発表していく。
聞きなれない用語が出てきたら、とりあえず一通りメモしておくことにした。なにかしら吸収しないと、会議に参加させてもらっている意味がない。今日分の交通費や人件費が会社にとってマイナスにならないようにと、私は店舗責任者たちの言葉に意識を集中させ続けた。
あっという間に時間は過ぎて午前の部が終了となる。
迷子にならないように、オフィスビル近くのパスタ屋でランチをとることにした。緊張で味がしないかと思ったけれど、クリームパスタはちゃんとクリームパスタの味がして一安心。
この調子なら、問題なく一日のりきれそうだ。ランチセットについてきたアイスコーヒーを飲みながら、雨に濡れた街をガラスの窓越しに眺めた。人々の差すカラフルな傘が、道のあちこちを彩っている。
私はそこでやっと、私は肩の力を抜きほっと一息つけた、ような気がする。
「え?」
小さく声が出たのは、午後の会議での店舗別の発表が終わり、他社の営業担当が室内に入ってきたときだった。
なんでも、会議の最後には、美容グッズやビジネスツールなどの採用を検討する場が設けられているとのことだ。
ランチの後、そう聞いたときはへえ、と思っただけだったけど、まさかここで思わぬ再会が待ち受けているなんて、予想だにしなかった。
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