![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/141265734/rectangle_large_type_2_bb98f4999f2335fa39b2689846222100.jpeg?width=800)
私にヨガの先生はできません!【第十九話】ルイボスティーは売れない?
「はじめまして! 片井虎太郎と申します」
スーツを着た長身の男性はハキハキとした口調で名乗った。高身長。艶のある黒髪、そしてなにより良く通る声と名前が数ヶ月前に会った彼だと証明していた。
二十人近くがいる中ですみっこにいるからか、はたまたスーツによって雰囲気が変わっているからか、片井さんはこちらには気づいていないようだった。
もはや、私のことを忘れてしまっているのかもしれない。それならそれで、べつに気にすることじゃない。
私たちはあのとき、お互い課題があって、たまたまおんなじ場で練習していた。それだけなのだから。
「では、片井さん。よろしくお願いします」
進行役に促され、片井さんは商品の紹介を始めた。
「私が今回ご紹介するのは、ルイボスティーです」
片井さんはオレンジ色のおしゃれな箱を手にして話し出す。
飲むとなぜいいのか、どのようなシーンにぴったりか、仕入れ価格についてなど、話はすらすらと進んでいく。たまに言葉に詰まったり、動きがぎこちなくなったりすることもあったけれど、わかりやすかった。
きっとたくさん練習したんだろうな、と彼の背景を考えてしまうのは、少しとはいえ言葉を交わしたことがあるからだと思う。
私にとっては他人だけど、他人じゃない。
彼はそんな不思議な位置づけの人になってしまった。
「いかがでしょう? ご質問などもあればぜひ」
片井さんはうかがうように辺りを見渡す。
室内にはシーンとした空気が流れる。初めてこの場に参加する私から見ても、反応はイマイチ。
「飲み物系か……」
どこからか、質問とも言えない男性の呟きが聞こえた。
「ジムやホットヨガに通っている方は、美容や健康意識が高いと思います。相性は良いのではないかと思うのですが」
片井さんが言った。
「うーん。レッスン中に飲めるならともかくね」
同じ男性が言葉を濁す。
「あ、もともとは、運動中に飲める別のペットボトル飲料の提案でした。そうですよね?」
進行役がフォローするように片井さんに問いかける。
「はい。ですが、御社の多くの店舗は月額制の水素水サービスを導入されているとのことで、このような商品はあまり需要がないと事前にご返答いただき……。今回、こちらの商品をご紹介させていただきました」
片井さんが答える。
「なるほどね。ただ、ルイボスティーか。あんまり売れる気がしないんだよなあ」
また、どこからか別の声が飛んでくる。何名かのスタッフが賛同するようにうなずいているのが見える。
このままじゃ、採用にはならないだろうな。そう思うと、どうしてかモヤモヤした。個人的には、興味のある商品だから?
それもあるけど……。
「あの!」
私は片手を上げた。
声は想像していたよりも鋭く大きく室内に響く。
誰もが一瞬で口を閉じ、ぴたりと動きを止め、それからこちらに視線を向けた。その中にはもちろん社長の姿もある。はっとした表情の片井さんも。多分、私のことに気づいたのだろう。
うう、怖い。
たくさんの目が、何を言うのだ? と問いかけてくるようで固まってしまう。
「笹永?」
隣から岩倉店長のうかがうような声が聞こえる。さっきまで、借りてきた猫状態だった部下が突然動き出したから驚いているのかも。
べつにびっくりされたっていい。
私はこのまま片井さんがなんの成果も得られず、それをただ傍観しているだけの自分でいるのはいやだ。
「どうぞ」
進行役の人が私の方を見て、話していいよというようにうなずく。
「あの、えっと……。私はけっこういいような気がしています。イメージ的に、ルイボスティって女性が注目してくれそうで。レッスン中は水素水で水分補給してもらって、自宅ではルイボスティでより健康に、みたいな感じでもありなのかなと」
頭に浮かんだ言葉たちが、発するべきか考えるよりも先に勝手に喉から飛び出てくる。不思議なくらいに突っかかることなくすらすらと。
「ありがとうございます。おっしゃる通り、健康のために自宅で飲むというのを想定しています。ノンカフェインなので寝る前にもおすすめです」
片井さんが言った。
「あー。あのう、言いにくいんですけど、味ってどうですか? ぶっちゃけ、飲みにくいイメージがあるんですけど」
誰かが尋ねる。
「はい。ルイボスティーは味が苦手という方も多い飲み物です。この商品は渋みや苦みなどのクセを感じにくく、紅茶のように飲みやすく作っています」
片井さんが答える。
室内にいた何人かの社員がふむふむとうなずく。それでも、好意的な声が聞こえてくることはなかった。
やっぱり、却下されてしまうんだろうか。
そう思ったときだった。
「笹永さんだったわよね? あなたは売れると思うの?」
それまで黙って話を聞いていた社長が問いかけてきた。
伸びやかなハスキーボイスが静かに響く。
室内が再びシンとして、そこにいる皆が事の成り行きを見届けるようにこちらへと視線を向けてくる。
「はい!」
私は片井さんの真似をして大きな声で返事をする。
「それなら、笹永さんの店舗でテスト的に販売してみるのもおもしろそうね。それでうまくいきそうなら、全店に展開するわ。笹永さんのところの店舗責任者は岩倉店長だったわよね。どうかしら?」
社長は岩倉店長へと尋ねた。
「はい。ありだと思います。笹永、任せるけどいいか?」
岩倉店長の黒々とした目がこちらを見ている。
できるのか? と聞かれているようだ。
ふいに思い出したのは「岩倉チカラの目力は強い」という姉妹店で囁かれていると噂のフレーズ。
ヨガのインストラクターとしてデビューしてほしいと言われたときに、直に感じたっけ。あのときは、その目から視線を逸らしながらどう断ろうかと一生懸命に考えた。
でも、今は……。
「はい! やってみます」
私はまっすぐ、彼の瞳を見て答えた。
この連載小説のまとめページ→「私にヨガの先生はできません!」マガジン
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?