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結婚の女神ヘーラー ~ 絆を結び育てる力、妻であることの喜びと苦しみ ギリシャ神話編⑤

 無料マガジン「神話と物語から生きる知恵を汲む」では、現在「女はみんな女神」(ジーン・シノダ・ボーレン著、村本詔司+邦子訳)をテキストにして、私たちのカウンセリングルームで昨年度行った講座をまとめたものを順次アップしています。

 しばらく投稿ができずに、ずいぶん間が空いてしまいました。初めてお読みになる方、以前読んでくださったけど、どんな内容だったっけとなってしまわれた方は、下記をお読みください。


 ②~④までは、自立心が強く、自分が意義を感じるものに意識を集中していく自己充足型の処女神たち、アルテミス、アテーナ―、ヘスティアーの3女神を取り上げました。

 今回からは、関係性に重きをおく、傷つきやすい女神たち、ヘーラー、デーメテール、ベルセポネー(コレ―)を取り上げます。
このグループの女神たちは神話のなかで、男性神に傷つけられ、辱められて苦しみを味わいます。ヘーラーは嫉妬と激しい怒りに翻弄され、デーメテールとベルセポネーは深い抑うつに陥ります。

傷つきやすい女神たちの特徴
 先の自己充足型の女神たちは、自分の関心事に意識を焦点づけ、そのことに対して極めて高い集中力を発揮しました。周りのことには捉われず、良くも悪くも自分中心で生きるところが特徴でした。

 これから取り上げる傷つきやすい女神たちは、なによりも相手との関係が中心となります。そのため関係性に感情のエネルギーを注ぎ、自らの行動が決定付けられるところが特徴です。

 自己充足型の女神たちがスポットライトのような意識のあり方だとすると、傷つきやすい女神たちは放射的、拡散的な光のようにあらゆるものに意識を向けます。

 たとえば、お母さんが家事をしながらも、かたわらでひとり遊びしている子どもの様子を常に目の端に入れて、危なくないように気を配っているみたいな、自分のことに没頭するのではなく、常に自分の周りの人々に意識のいくばくかが向けられているそんな意識のあり方も傷つきやすい女神たちの特徴です。

 このように傷つきやすい女神たちは、自分の周囲の人たちに常にセンサーが働いていて、そのセンサーから受け取ったものによって、感情を揺さぶられます。誰もがこの女神元型の要素を多かれ少なかれ持っているのではないかと思うのですが、関係性に悩み、苦しみ、感情の嵐に翻弄されることが多いと感じている人は、まずは自身の内にある傷つけられやすい女神元型を認識し、その影響をどれほど受けているのかを知ることが、苦しみを乗り越える一助となるように思います。

 では「傷つきやすい女神たち」のトップバッター、結婚の女神ヘーラーのお話から始めましょう。

ヘーラーの神話
 ヘーラーはレアーとクロノスの子ども。生まれるやいなや父クロノスに飲み込まれ、助け出されたときはすでに美しい少女へと成長していました。きょうだい神ゼウスは美しいヘーラーに魅せられて、寒さで震える小鳥に変身し、ヘーラーに近づきました。ヘーラーは小鳥を自分の胸に入れて温めようとしたところ、ゼウスは姿を現し、力づくでヘーラーを我ものにしようとしましたが、ヘーラーはゼウスが結婚を約束するまで強く拒み続けました。

 その後ゼウスの正妻となり、蜜月は300年も続いたということです。しかし、蜜月が終わるとゼウスは浮気を繰り返し、ヘーラーを裏切り続けます。侮辱されたヘーラーは怒りを直接ゼウスにぶつけるのではなく、ゼウスの愛人やその子供たちに向け、彼らを攻撃することで復讐しました。

ヘーラー元型の特徴
 ヘーラーは結婚の女神と言われていますが、その元型の特徴はパートナーにしっかりとコミットし、関係を誠実に続けていくという力です。相手もそれに応えて、関係を誠実に続けるのであれば、二人の絆は深まり、一緒に困難を乗り越えていく大きな力となるでしょう。

 しかしながら、ゼウスのような浮気者で不誠実な相手であったり、結婚生活にあまり関心がなく自分の趣味や仕事をなによりも優先するようなタイプであると、ヘーラー元型を持つ女性は傷つき、激しい怒りを露わにし、ときに復讐といった行動に出ます。

ヘーラー元型を生きる人の特徴
 小さい頃は、おままごとが大好きで奥さん役をしたがるような女の子。「大きくなったら、○〇くんのお嫁さんになる!」と男の子の手をしっかり掴んで離さない、そんな女の子のイメージでしょうか。思春期になると特定の彼氏を持ちたがり、その関係がうまくいっていると気持ちは安定していますが、うまくいかないと情緒不安定になりがちです。

 結婚を人生の最も重要な目的としているため、自分のキャリアを追求することにはそれほど執着せず、結婚後は、自身の仕事や活動よりも結婚生活を優先させます。

 妻となったヘーラータイプは、自分の人生を成就してくれる存在として夫に期待を寄せ、夫の成功のためならと献身的に尽くします。夫がその期待に応えられない場合は、フラストレーションを感じ、夫に対して辛辣になったり、あるいは夫の尻を叩いたりといったネガティブな側面を表します。妻のプレッシャーを鬱陶しく感じて、夫が浮気に走るという構図も容易に想像できます。どうであれ、夫の不誠実な裏切り行為にあうと、ヘーラー型の女性は深く傷つき、強い嫉妬や復讐心を抱きます。その怒りはときに破壊的な振る舞いへとエスカレートさせてしまうほど激しいものです。

 子どもができたとしても夫が最優先であることに変わりはなく、デーメテール元型があまり働いていなければ、母性的な面はむしろ薄いかもしれません。たとえ父親としての夫が子どもに暴君のように振る舞い、子どもがそれに抗うことがあった場合でも、ヘーラータイプの母親は父親の理不尽な言動を諫めるどころか「お父さんにそんな口の利き方をするものじゃない」と父親側について情緒的に子どもを見捨ててしまいます。

 また夫婦の絆をなによりも大事にし、夫との関係が自分のすべてになりがちなため、他の人々との関係を育てていくことが疎かになり、友人などの他の関係性が希薄になったり、「誰それの妻」としてのアイデンティティ以外の側面を発展させてこなかったため、離婚や死別で夫との絆を失うと、強い喪失感と深い孤独感に陥ることになってしまいます。

 このように、ヘーラータイプは幸せな結婚を生きがいとしているため、それが成就されなかったときに、困難に陥りやすいといえます。

 未婚のヘーラータイプは、自分が不完全であると感じてしまい、結婚への焦りが募って、相手を見極めないまま結婚に踏み切り、かえって不幸な状況を作り出してしまったり・・・

 夫の不倫などによって裏切られた場合、幸せな結婚生活の成就を妨げたものに対する激しい嫉妬や怒りに翻弄されて、自ら関係性を破壊してしまったり・・・

 死別や、離婚などによって結婚生活が終焉を迎えたときのアイデンティティ喪失の感覚と深い孤独感・・・

 ヘーラー元型の負の側面から抜け出すには、どうしたらよいのでしょうか。

 ひとつにはヘーラーの息子ヘーパイトスが解決の鍵を握っています。ヘーラーの息子、鍛冶の神ヘーパイトスはヘーラーから疎んじられていましたが、火山の中に自分の鍛冶場を持っていて、そこでさまざまな武器や芸術作品を作りました。実はヘーパイトスは怒りのエネルギーを「鍛冶場のものつくり」という創造性へと変えるヘーラーの別の側面、内なる強さを象徴していると考えてみることができます。

 このように、ヘーラータイプの女性は、自らの怒りで燃え尽きてしまうのか、それらを心に収めて、そのエネルギーをより創造的なものへと昇華させていくか、自ら道を選択していくことができるのです。

 また、タイプの違う他の女神たちと意識的に関わっていくことも、ヘーラーを超えて成長していくために必要です。自己充足型の女神元型を持つ女友だちと積極的に付き合っていくと人生の幅が広がりそうですね。

 絆を結び、関係を育むヘーラー元型の力は、幸せな結婚生活には欠かせないものではありますが、一方で、喜びも生み出せば、苦しみも生み出す強い力があることを認識しておく必要があります。

 元来、宗教儀礼の中では、ヘーラーは女の一生の3つの段階の象徴として崇拝されていたそうです。春は乙女のヘーラー、夏と秋は、完全な女性ヘーラー、冬は寡婦としてのヘーラーとして。そしてまた次の年にはカナートスという泉で沐浴することで乙女のヘーラーに生まれ変わるのだそうです。このようにして、自身の命を循環させ、死と再生を繰り返しながら成長していくヘーラーでもあるのです。


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