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005_アドミッションポリシーと入試問題の整合性

アドミッションポリシーと入試問題を整合させる理由

私が外部委託の形で携わっている仕事の一つとして、大学入試問題制作というものがありますが、この仕事においては「アドミッションポリシーと入試問題の内容を整合させる」という手法を、特に重視しています。

通常の大学入試問題の制作において考慮すべき主たる要素は、問題の難易度を当該大学の受験生の想定学力レベルに適合させるといった要素ですが、私が大学から入試問題制作の委託を受け、その制作に入る場合においては、想定学力レベルの考慮は当然として、最も重視する要素は「問題の内容を当該大学のアドミッションポリシーにしっくりと整合させること」です。

改めて、アドミッションポリシーとは、

大学の教育理念、目的、特色等に応じて受験生に求める能力、適性等についての考え方をもとめたものであり、それらを選抜方法や出題内容等に反映させ、また受験生は大学の教育理念、特色等に応じ選択を行えるよう示すもの

一橋大学「アドミッションポリシーとは」

というものですが、これを他大学と足並みを揃えるために用意しておくお題目的な形骸に留めることなく、真摯に、ここに掲げている能力・適性等を精密に測定する入試問題を追究すること——つまり、アドミッションポリシーと入試問題の整合を追究すること——は、次の二つの理由だけからも、非常に重要であると考えます。

大学が求める有為な人材の信頼を獲得する
アドミッションポリシーは、受験生が、進学する大学を選択する際の羅針盤ともなる大変重要な資料ですが、実際にはアドミッションポリシーは、理想主義的な抽象概念を主として構成されるものですので、これを頼りに進学に関する意思決定を行うことは難しいものと思われます。

しかし、入試問題を確認すると、そこにはアドミッションポリシーで描かれている学生が備えるべき能力等をきちんと測っていることを知れば、学生としては、当該大学は本当にアドミッションポリシーに掲げている能力を受験生に求めていること、そして入学後には、その能力を前提とする新たな能力を発展させるために尽力してくれるのだと考え、当該大学を信頼し、進学を決める、ということも考えられます。大学に対する受験生の信頼を獲得すること。アドミッションポリシーと入試問題との整合が重要である第一の理由です。

大学のブランド価値を向上させる社会的信頼を獲得する
企業においては、その標榜する「理念」や「使命」、昨今では「目的」といわれるものが、組織体に深々と浸透し、上層部から現場の社員までが一同に、その「理念」や「使命」を心に刻んで、各人の属するセクションで職能を発揮している場合には、その経営は健全で持続可能なものになり、企業のブランド価値が向上することになります。

この事情はまた大学でも同様で、教育理念としてのアドミッションポリシーが、大学の組織体に深々と浸透し、上層部から現場の職員までが一同に、そのアドミッションポリシーを心に刻み、各人の属するセクションで職能を発揮している場合——入試問題の文脈で述べれば、入試問題とアドミッションポリシーとの整合を図っている場合——には、実際にその経営は健全で持続可能なものになっており、やはり、大学のブランド価値は向上することになります。これが、アドミッションポリシーと入試問題との整合を重視する第二の理由です。

アドミッションポリシーと入試問題の整合の好例

以上のようなアドミッションポリシーと入試問題との整合に関して、参考までに、一橋大学法学部のアドミッションポリシーを次に掲げ、これと入試問題の内容的な整合についての私見を示しておきます(実際の入試問題がどのようにアドミッションポリシーと整合しているかは、同校の過去問でご確認ください)。

本学部は、本学のリベラルな学風の下、学修に関する学生の自主性を最大限尊重しつつ、幅広い教養と社会科学の総合的視野を有すると共に豊かな人権感覚と社会的公共性に裏打ちされた法学の専門的素養や国際的洞察力を修得することで、法化現象の進展とグローバリゼーションの著しい社会状況を前に、将来にわたり日本及び世界の自由で平和な政治経済社会の構築と改革に寄与することのできる多様な人材を育成することを、教育目標としています。
この教育目標を達成するため、本学部は、(1)社会問題を理解するための基礎となる知識・技能、(2)論理的に思考し明晰な言葉で表現する力、及び(3)高いコミュニケーション能力を有する意欲的な学生を求めています。

一橋大学法学部アドミッションポリシー(抜粋)

入試問題との内容的な整合に関する私見
はじめに、「(1)社会問題を理解するための基礎となる知識・技能」については、上に抜粋していない後段部分で「国語、数学及び理科に関する知識、社会問題理解の前提となる日本と世界の地理・歴史や公民の科目の知識、外国語を理解・活用する知識・技能」と定義し、これらの知識・技能の習得を前提とする問題が全科目に亘って出題しています。

次に、「(2)論理的に思考し明晰な言葉で表現する力」については、上に抜粋していない後段部分で「適切な論説文の読解や数学的思考の訓練を経て涵養された基礎的な論理的思考力・表現力」と定義し、このような思考力・表現力の習得を前提とする問題を全科目に亘って出題しています。加えて、日本語能力に関しては、様々な文章の論旨を正確に把握する能力及び比較的長い論理的文章を作成する能力を有していること、英語の能力に関しては、優れた国際的感覚を身につける前提として、他の外国語を習得する際の基礎学力になる程度に、文章の高い理解力と表現力の習得を求め、国語、英語の出題においては、実際にこのような能力・表現力の習得を前提とする問題を出題しています。

最後に、「(3)高いコミュニケーション能力」については、上に抜粋していない後段部分で「主体性を持って他者との議論に参加し、協働して学ぶために、相手の考えを適切に理解し、自らの考えを相手に伝わるように的確に表現する力」と定義しています。特に、日本語・外国語によるコミュニケーションの基礎的な能力を、多様化・グローバル化が進む世界の中で、立場や考えを異にする人々と交わりながら活躍してゆくための基盤となるものとして、国際関係について学ぶことを志す学生のみならず、国内の実定法を専門的に学ぼうとする学生や法律専門職を志す学生にも欠かせないものと位置付け、このような思考力・表現力の習得を前提とする問題を全科目に亘って出題しています。

以上、大学入試問題制作における、アドミッションポリシーと入試問題の整合についての私なりの考えを述べましたが、大学の関係者の方々が、例え入試問題一つであっても、それが「大学が求める有為な人材の信頼を獲得する」「大学のブランド価値を向上させる社会的信頼を獲得する」といった大学経営にも関わる貴重な要素となることを改めてご認識・ご勘案いただくことになれば幸いです。


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