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2023年9月の記事一覧
【短編小説】9/30『竜語⇔人語』
言葉の壁がなくなった。先日発表された高性能翻訳機のお陰だ。けれど私の仕事はなくならなかった。竜王の計らいだった。
『生きた人間の言葉でないと、“感情”があまりわからなくてな』
冗談で言ったつもりのことを言葉通りに捉えてしまい、揉め事に発展するかもしれない。そういう理由があるという。
真面目な性格のヒトが多い竜族ならではの理由だなと思った。
『翻訳の仕事はどうだ?』
『まだまだ勉強中ですが、
【短編小説】9/29『甘いひととき』
彼氏が最近お菓子作りにハマっている様子。撮影用に作ったお菓子をお裾分けしてくれた。
「どうすか? 旨いっすか?」
「んぅ、おいひいでふ」
ひとくちかじった瞬間に聞かれて、もごもごしながら答える。
「なんすか、可愛いですか」
「ほれは、ひらないけど……」
美味しいんだけど、口の中の水分全部持ってかれる系パウンドケーキだった。ちょっと、なかなか飲み込めない。
「あっ、お茶持ってきます! 紅茶でい
【短編小説】9/28『ミニチュアワークショップ』
どうしても眠気に勝てなくて寝てしまい、起きたら作りかけの靴が出来上がっていた。という童話を思い出した。
目の前の作品が全部作り終わっていたからだ。
ありがたいけどそうじゃない。
完成させられた作品は、ただ全工程完了してるってだけで販売に耐えられるクオリティではなかった。
配置はダサいし気泡だらけだしバリはバリバリ残ってる。
いまはまだ駆け出しのハンドメイド作家だけど、だからこそ作品
【短編小説】9/27『張り子の魚』
あるところに釣りが得意な男がおったそうな。
その男が住む村では流行り病が蔓延しており、男の家族も病に苦しんでおった。
* * *
「食いもん獲ってくるで、待っててな」
「すまないな、お前ばかりに……」
「いいんだ、休んでいでくれ」
病に伏せた村人たちにも分け与えるため、男は竿と魚篭を持ち近くの池に向かった。そこは川から流れ込んだ水と魚が溜まる釣り場。
いつものように平らな岩に腰をかけ、
【短編小説】9/26『筆記装置の機械人形』
さんざん悪筆と言われ続けストレスが溜まっていた私に朗報。ボタンを押すだけで文字が書ける機械が開発されたらしい。
発売初日にお店に並んで購入。ワクワクしながら箱を開ける。
中に入っているのは説明書、文字が配列されたキーボードとケーブル、そして肝心の“筆記装置”。
電源は必要なく、太陽や照明の光を吸収して充電するんだとか。ハイテクぅ。
筆記装置は人間の少女を模した機械人形で、持たせる筆記具に
【短編小説】9/25『骨董店のレジの横』
売られていく売られていく、周りの物たちが全部。なのに僕は残ったまま、いつもの場所で佇んでる。
買われていく買われていく、周りの物たちが全部。今日も僕は、いつもの場所でそれを見守る。
寂しさなんてない。とは言わない。
でも僕の周りには僕のように“感情”を持っている“物”がいない。だから寂しいと感じるのはきっと僕だけ。同時に、誇らしくも感じてるから、感情があるのは悪いことばかりじゃない。
【短編小説】9/24『これから風に乗るキミへ』
生えたてほやほやの綿毛を揺らして、新種子がドアをくぐる。
「こんにちは~……」
「はーい、こんにちは。移住申請ですかね? こちらどうぞ」
老成した樹木が受付カウンターの中で返事をした。新種子に着席を促してから対応に入る。
「あ、はい。今度初めて飛ぶことになって、それで……」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます。……初めての経験で、どうしたらいいかわからなくて」
「み
【短編小説】9/23『ドラマチックなことはなにも起こらない日常』
フラッシュモブいいな~ってうっとりしながらテレビを視ていて、ふと横にいる彼女を見たら、恐ろしいほどにしかめっ面してた。
いつかプロポーズのときにやろうかと思ってたんだけど……。
「……イヤ? こういうの……」
「うん」
間髪を入れずうなずく彼女。
「どうリアクションしていいかわかんない。ってか終わりどころがわかんない。あと、目立ったり注目されるのもやだ」
「そっか……」
しょんぼりする僕に
【短編小説】9/22『マッチョのその後』
「うわ、誰かと思った!」
再開した授業を受けに大学へ行くと、顔を合わせた友人知人の第一声が、ほぼ100%の確率でその言葉になる。
うん、自分でも夏休み前の写真と見比べて驚いたくらいだから、休み中に会わないでいた人からそう言われるのは至極当然だと思う。
なんせ僕は、休み前とは別人なほどに筋肉隆々だから。
大学生になってから初めての夏休み、せっかくだからモテたいなと思って筋トレを始めた。
【短編小説】9/21『恋するガトーショコラ』
出勤のために店の裏口を開ける。更衣室兼バックヤードに直結したドアから建物内へ入ると、すぐに目に入る派手なのぼり。
濃いピンク色の布地に、白抜きの文字で【食べると恋が叶う⁈ 恋するガトーショコラ】と書かれている。
最近のうちの看板商品用なのだけど……。
食べると恋が叶うかもしれないガトーショコラ自体が恋してるってどういうこと? と見るたび思う。しかし、ハートマークがたくさん描かれたのぼりは女
【短編小説】9/20『コトバのチカラ』
昼休み、会社近くの公園で飯を食う。
いい天気だなと空を眺めていたら、一筋の雲が近づいてきた。龍神だ。
「お疲れ様」
『うむ、そっちもな。今日は何時に帰る』
「うーん、多分定時」
『18時ころか』
「うん。遅れるようなら声かけるよ」
『うむ。ではこちらもそのように都合をつける』
「うん、どうも」
離れて行くにつれ大きくなる雲が、しゅるるーんと空を一回りし、パッと消えた。どこか違う地域に移動した
【短編小説】9/19『□夫の氏 □妻の氏』
「どっちでもだいじょぶだよ? オレ三男だし、兄貴んとこ息子いるし。と、うちの親も言ってた」
「そっかぁ。うーん、悩む」
婚姻届を目の前に、腕を組む。必要事項の中で、【夫の氏】【妻の氏】のチェック欄だけが埋まっていない。
どちらにするか決めかねているのだ。
「いや、なんか、私の時代の刷り込みっていうか……結婚したら女性は男性の苗字になる、っていうのがこう、一般的だったのよ」
「あぁ、そうね」
「
【短編小説】9/18『擬人化カノジョと具現化カレシ』
イラストを描くのが好きだ。
ただ好きなだけで、仕事にしたいとか誰かに見て貰いたいとかは思わない。
描いているのは、目についた物を擬人化したイラスト。“鉛筆ちゃん”とか“消しゴムくん”とかそういうの。
家の中にある物ばかりを描いていたら割とすぐにネタに尽きて、空気とか水なんかも擬人化し始めた。
A5サイズのノートに描いたそれらをたまに見返すのが楽しい。
今日は描く気分じゃないなってときは
【短編小説】9/17『立ち上がるモフモフ』
「いやぁ、たまたま立ち上がっただけなんだけどねぇ……」
「なにごともタイミングだね。みんな割とできるけど、観客の前でやることってないし」
「そうそれ。ボクらと園の注目度があがったならそれでいいんだけどさ」
「疲れん? 人間たちの好奇の目にさらされるの」
「うーん、ここにいる限りはずっとそうだしなぁ」
「あー、まぁね」
「キミ目当ての人間が多いとき、プレッシャーになったりしなかった?」
「うーん、あ