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【短編小説】9/22『マッチョのその後』

「うわ、誰かと思った!」
 再開した授業を受けに大学へ行くと、顔を合わせた友人知人の第一声が、ほぼ100%の確率でその言葉になる。
 うん、自分でも夏休み前の写真と見比べて驚いたくらいだから、休み中に会わないでいた人からそう言われるのは至極当然だと思う。
 なんせ僕は、休み前とは別人なほどに筋肉隆々だから。

 大学生になってから初めての夏休み、せっかくだからモテたいなと思って筋トレを始めた。
 結局モテはしなかったけど、その代わり得たものは多かった。
 色々忙しくしているうちに夏休みは終わったが、僕の筋トレは続いていた。
 身体を鍛えるとその頑張りが筋肉(ご褒美)となって現れるのが楽しいと感じ始めたら最後。できる限りバッキバキにしないと気が済まなくなった。
 それに、ちょっともう“マッチョじゃない僕”にはなれない、というのも理由のひとつ。僕から筋肉が消えたら、夏休み中に知り合った人たちに認識してもらえなくなりそう。
 それにしても、今年の夏は友人、知人が増えたなぁと思い返しながら、壁にかかった額の中に入っている地方新聞の記事を眺めて、モチベーションをあげた。

【マッチョ大学生 筋トレと砂浜美化にいそしむ】

 そんな見出しと取材記事。モノクロ写真の中には、海岸でゴミ拾いをしている団体に囲まれて嬉しそうに笑う僕の姿。

 夏休み中に訪れた観光地の海岸で、落ちていたゴミが気になり、拾ったのがすべての始まりだった。
 大学が始まってからは時間が取れず頻度は下がったけれど、週末に予定が入っていないときはドライブがてら車を走らせ、早朝ボランティアに参加している。
 新聞に取り上げてもらったおかげで、砂浜を美化しよう運動は街をあげた取り組みになった。いまでは近隣県からもボランティアが集まるほどの規模で開催されている。
 平日でも人の集まりはいいらしく、海の家を運営していたおばちゃんや近隣商店のおじちゃんたちから感謝された。
 あの美しい海岸が美しいまま保たれるなら本望だ。

 最初は女の子にモテたくて始めた筋トレだったけど、こんな形で役立つなんて。
 マッチョって、なにかしら目立つ存在なんだな。

 ボランティア活動を広めるために開設されたSNSにも写真を載せて貰ったら、それを見たマッチョの同志たちが賛同して、地元で海岸清掃を始めてくれた。
 会ったことのない筋トレ仲間と、筋肉で繋がった気がして感動した。

 自分のSNSアカウントにも、人を集めるために地域の海岸へ来てアピールしてほしいというオファーが数件あった。なんだか有名人になった気分だ。
 スケジュールが合う依頼にはなるべく応えるようにして、無理のない範囲まで足を延ばしていたら、なんと彼女ができた。
 依頼を受けて出向いた先の海岸に清掃ボランティアとして来ていた、少し年下の女の子。
 初対面なのになんだか意気投合して、会話しながらゴミ拾いをしていたら、地元の高校の後輩だったことが判明した。つい最近家族で引っ越してきて、いまは海岸近くの高校に通っているらしい。
 在学期間はカブっているけど、僕自身が女子と喋れるようなタイプじゃなかったから、その子のことは知らなかった。
 筋肉とともに自信も手に入れたから出会えたのだと、報われた気分になった。

 僕の地元とは離れた土地に住んでいる彼女とは中距離恋愛なのだけど……毎日なにかしらの手段で連絡を取り合っているし、毎週末にはデートも兼ねて海岸清掃のボランティアに参加しているから寂しくはない。というのは強がりで、やっぱり毎日会いたいと思ってる。
 将来はどこか海辺の家に住んで、清掃活動を日課にしたいね、なんて冗談めかして話しているけど、僕は割と本気だったりする。
 彼女はじき受験生なるし、僕もあと二年後には就活を始めなければならない。忙しくなる前に、本気で相談してみようかな。

 だいぶ遠回りしたけど、最終的に当初の目的を達成できて、人生なにが起こるかわからないなって楽しくなった。
 さて、今日も学校帰りにジムに寄って、筋肉と対話するぞ。

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