恋愛ヘッドハンター2 砂時計①

大岡賢太郎がその男と出会ったのは、出張先のある街だった。そこは、冬になると小雪が舞う。
太平洋に面した暖かい場所で育った賢太郎は、その街を訪れるたび、体調を崩した。
三十代後半に差し掛かってどうも体調の悪い日が増えていた。
とはいえ、生きるためには働かなければならない。賢太郎は大手ホテルチェーンに勤務していた。担当は主に全国の古いホテルの買収だった。少なくとも週に二日は家とは違うところで眠る暮らしぶりだった。
仕事を始めた頃は、各地へ赴く楽しみもあったが、最近では身体的負担を感じる時のほうが増えた。
寝起きから微熱に悩まされていたある朝。常宿にしていたビジネスホテルのエレベーターで賢太郎は眩暈を起こした。その時に介抱してくれたのが、朝井智也という青年だった。

「大丈夫ですか?」

ぼんやりとした意識の中、スーツ越しに熱い体温としっかりとした筋肉を賢太郎は感じていた。人の体温がもたらす安心感を久しぶりに思い出した瞬間だった。

「ああ、だい、じょうぶ、です」

そう答えるのが精いっぱいだった。目の前が暗くなった。その後、賢太郎が意識を取り戻したのは、病院の小さな診察室だった。

若く明るい男性医師から症状の軽さを伝えられた後、小柄でやや豊満な女性看護師に診察室から送りだされた。

「お連れの方、外で待っていますよ」

「え」

ドアが閉められ、廊下に放り出された賢太郎のすぐそばに置かれた椅子からその青年はすっくと立ちあがった。

「あ、あのエレベーターでの」

うすい記憶が徐々に濃くなってきた。

「あ、はい。あの、大丈夫ですか」

「はい。おかげさまで。あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

賢太郎は青年に近づき、頭を下げた。

「あの、地元の方ですか?」

「いえ、出張で来ておりまして」

「そうですか、僕もなんです」

二人は目を合わせて何故か照れ笑いをした。青年の人懐っこい笑顔に、賢太郎の心が和らいだ。

「御礼と言っては何ですが、ご馳走させてくれませんか」
気づけば自然にそう話していた。
人恋しさが体からはみ出た。
青年は一瞬戸惑っているようだった。
「迷惑かな」
「いえ、ぜひ。いつも出張先では一人で過ごしていたものですから。嬉しいです。あの、朝井と申します」
「大岡です。さて、どこへ行きましょうかね」
賢太郎は青年と目を合わせると歩き出した。



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