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ショートショート#キツネのヨーコが嫁入り

キツネのリュウジはもどかしかった。
明日、友達のヨーコが結婚するからだ。
相手は人間の男。
キツネもの恋愛ファンタジー小説やアニメあるあるそのものの展開にリュウジは何度舌打ちをしたかわからない。

あの展開に憧れるキツネと人魚が後を絶たないと度々森を訪れる動物学者のヤマダタカシもため息をついていた。
ヨーコもその展開に憧れていた一匹だ。女子高生、女子大生と姿を変えて人間界へ遊びにいっているうちに人間の男と恋をした。
男はカワシマトキオと言い、ごく普通のサラリーマンだった。ヨーコはトキオからもらったという指輪をネックレスにしていつも首から下げていた。
トキオとは人魚主催の異業種交流会で知り合ったらしい。
因みにその時人魚に恋した男たちはお持ち帰りされ、海に沈んだまま浮き上がらないそうだ。
トキオはヨーコに一目惚れし、一命をとりとめた。

「なあ、人間なんてやめろよ。キツネだってバレたらどうするんだよ」
狩りのついでにヨーコの見送りに出たリュウジはボヤいた。
「別にかまわないわよ。あのねー、リュウジ。うちらって10年くらいしか生きられないんだよ。好きなことしなきゃ、あっという間に死んじゃうんだから」
そう言うと、ヨーコは人間の女の子に化けた。白いワンピースの胸元でネックレスと指輪が揺れる。
「じゃあね。リュウジ。森を頼むわね」
「ああ。いつでも帰ってきていいんだからな」
ヨーコは振り返ることなく森を出ていった。

8年後、リュウジが祠で昼寝をしていると、息子のリュウタロウがやってきた。
「父さん。キツネを抱いた男が森の中をウロウロしてる。キツネ狩りに来たのかな」
「何?」
リュウジは祠を出て伸びをした。
老体に鞭打ってリュウタロウと男の姿を探す。
男は森の真ん中にある泉のほとりで穴を掘っていた。
時折、目から涙がこぼれ、それは穴の中に落ちていった。
男の傍らには、年老いたキツネが一匹。
首からキラリとネックレスが光る。
「ヨーコだ」
リュウジは一歩踏み出しそうになったが堪えた。
男にバレては困る。
二匹は息を潜めて様子を伺った。
男は穴を掘るのをやめ、傍らのキツネを抱き上げた。頬ずりをするとぐったりとキツネの首が垂れた。
年を取ってもヨーコは美しいキツネだった。

男は穴の中にキツネを納めると、丁寧に土を重ねていった。
木漏れ日の差すなか、男の涙は光って見えた。
土を重ね終えると男はゆっくりと手を重ねた。
立ち上がり、土まみれの手で涙を拭くと、突如叫んだ。
「キツネの皆さん!ヨーコが帰ってきました」
それだけ残すと、男は森を去っていった。
リュウジはそっと歩き出し、ヨーコの亡骸を隠した土の上に寝そべった。
「父さん、何してるの」
リュウタロウは不思議そうに小首を傾げた。
「リュウタロウ、父さんが死んだら、ここの隣に埋めてくれないか」
リュウジは体を丸め大きな尻尾を鼻先に当てた。
枝葉の隙間から雨がポツリポツリと落ちてくる。
お日様が優しく森を照らすから、雨はちっとも冷たくなかった。







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