見出し画像

馬と心の対話を体感する「調馬索」

馬は「気持ち」を伝えることで動いてくれる。特に馬と行う調馬索(ちょうばさく)運動は「心・気持ちの表現で言葉を話せない動物と会話する仕方」を馬から教わることができる。
 筆者は2015年から北海道下川町で、北海道和種馬(通称・ドサンコ)のハナを飼っている。日々、ハナと調馬索(ちょうばさく)、乗馬、ひき馬、馬そりなどでコミュニケーションと運動を楽しんでいるが、3年以上前から、馬の世話や調教を学びたいという声も増え、町内の方々に教える機会も増えた。 最も基本となるのが「調馬索運動」だ。

調馬索は一般的に砂の敷かれた柵に囲まれた円馬場で行われることが多いが、筆者はあらゆる場所で臨機応変に行っている。

調馬索は長さ8㍍ほどの紐のこと。この長い紐を、馬の頭絡(とうらく)につけて束ねて持ち、馬が歩き始めたら調馬索を伸ばして長くし、円を描いて歩かせ、走らせる。
 調馬索を馬の進行方向と同じ手、追い鞭(むち)をもう片方の手で持つ。
 人はなるべく円の中心で動かず、馬の腰角(ようかく)の延長上に立つ。調馬索は引っ張られ過ぎず、たるみ過ぎず、一定のコンタクトを保つ。
「腰角」とは後足のちょっと手前のところ。指示をしようとすると、馬の前方に意識が行きがちだが、そうなると前方に向かう馬のエネルギーを妨げてしまう。前進には後方から前方にエネルギーを送るイメージが大切だ。

馬との対話の基本は「気」を送ること、掛け声などで表現

     意思のない指示は伝わらない

 馬とのコミュニケーションの基本は「気」だ。「気持ち」や「意志」を伝える。「言葉」「手綱」「鞭」は「気持ちを表現する手段」で、馬は「気持ち」や「意志」のない指示には反応しない。
 調馬索運動では、かけ声と姿勢だけで馬を「発進」「加速」「減速」「停止」させることを目指す。
 馬は人の言葉そのものではなく、優しい声、力強い声、大きな声など、言葉のトーンで理解する。加速や前進はトーンを上げ、減速や停止は下げていく。体の姿勢で語り掛けることも重要だ。
 掛け声だけでだめなときは、体の動き、追い鞭の音や動きも加え、それでもだめなら鞭を(合図・伝えることを意識し)馬体に当てる。馬が指示通りに動いたら、すぐに弱い合図から始め、なるべく小さな合図で伝わることを目指し、コミュニケーションを重ねる。
 馬は相手が自分を見ているか、理解しているかを確認するかのように試す。隙あれば停止や減速をしてくるし、方向転換や接近もある。
 筆者も飼い始めた1年目、指示を無視した馬のさまざまな動きに翻弄(ほんろう)された。方向転換を防ぐのにも必死だった。「伝える」という根本的な基本もおろそかになった。しかし、経験を重ねるうちに、馬が仕掛けてくるさまざまな動きに動じず、簡単に対処できるようになった。
 馬にどのように動いてほしいのか、軌道を描いてイメージし、馬に伝えることを意識している。イメージ通りに動きやすく、妨げにならないよう、立ち位置や姿勢、合図に気配りしている。
 馬のスピードが落ちそうなときは、馬の状態からその動きを察し、スピードを維持するよう合図を送る。馬を気にかけて指示することで、馬もこちらに意識を向けて応えてくれる。単純に見える円運動に、馬と人との心の会話が繰り広げられる。奥深くて楽しい運動なのだ。

馬が教えるコミュニケーションに大切なこと

 調馬索運動は「馬の心身の緊張をほぐし、体を良い状態に保つこと」と「馬と人がコミュニケーションをとること」のために重要となる。
 現在、町民6人以上に調馬策運動を継続的に教え、体験してもらっている。妻も触発され、昨年から練習し始めた。
 初めての人は「気持ち」を表現することに慣れていないためか、馬を発進することも難しいことが多い。発進できても、走らせるまで苦労の連続だ。それでも経験を重ね、着実に上達している。
 他の人に教えるようになって、あらためて感じるのは「基本の大切さ」だ。思うようにできない人は「調馬索をたるませ、馬とのコンタクトを維持できていない」「エネルギーを送る方向が違う」「馬と呼吸が合っていない」「気持ちを声や姿勢で表現できていない」といった要因がみられ、改善を促すことで良くなっている。
 調馬索運動を通し、馬が心身を鍛えてくれる。コミュニケーションにとって大切なことを教えてくれる。馬は「師匠」でもあるのだ。

下川町は多くの雪が積もるが愛馬は雪もはねのけて道をつくる。筆者も調馬索をしながら除雪。

野生動物との会話術のヒントにもなるのではないか。

馬との会話術を学ぶのは、クマやシカなど野生動物との会話術を学ぶことでもある気がしており、「調馬索運動」は、人と動物との共存の在り方のヒントにもなるのではないだろうか。

筆者と愛馬ハナの冬のひととき

名寄新聞で「馬と森のある暮らし」を不定期連載中。
今回は2023年の1月30日掲載と2月20日掲載分を再編集してまとめました。
道北ネットでも関連コラムを連載中。

愛馬は日常の移動手段でもある。ある日、通行人に声を掛けられて振り向いたときの様子。

この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?