マイナカードの批判記事をデータ分析案件としてマジレスする
最近マイナカードが世を賑わせています。概ね批判的な記事が多い印象です。そんな中、このような記事を見つけました。
「無効」「読み取れない」……「マイナ保険証」トラブル頻発、導入医療機関の65%が経験 患者から苦情も
個人的にはマイナカードが保険証として切り替わろうがどうなろうが、あまり関心はないですが、少し書きぶりが気になりました。特に普段データ分析の仕事をしているので、データの扱い方があまりに雑というか、この内容で社内で発表したら色々とツッコミが来るだろうなと思いました。そこで、データアナリスト視点で、GAFAの会議でこういう分析レポートを出したらこうなる、という点で記事を書いてみます。
誤解してほしくないのですが、マイナカード制度に賛成、反対という意図があるわけではありません。あくまでこの記事をデータ分析としてみた時に、どういう角度でGAFA企業なら指摘が入るか、ということを書いてみます。
記事の内容
記事の主張をまとめると、
意見: 既存の保険証を廃止してマイナカードに切り替えるのは問題である。
根拠: なぜならマイナカードを保険証として利用している病院で問題が起きているから。
データ1: マイナ保険証を導入している医療機関のうち65%でトラブルが起きている
データ2: 患者から苦情が出ている
という内容です。
こういった内容で分析レポートが出てきた場合、出てきそうな指摘は次のようなものです。
問題1:定義が曖昧。トラブルがあった、というのは少なくとも1件あったということか。
まずはデータ1について、これは医療機関に対するアンケート調査だと思います。具体的にどのような質問だったのか分からないですが、おそらく、「これまでに、マイナカードを保険証として使用した際にあるか」というような質問だったのではないかと思います。とすると、その意味するところは「少なくとも一件トラブルがあった」という意味だと思います。
とすると、マイナカードによる保険証利用は2021年11月26日から実施しているので、半年もやっていたらそれはどの病院でも一件ぐらいトラブルはあるのが普通ではないか、という指摘が入りそうです。
実際、少なくとも一件トラブルが発生する確率、というのは人が想像する以上に大きいです。例えばマイナカードがかなり正確で、99.9%の確率で問題が起きない、とします。12月から5月まで、1か月22日が診療日だったとして、ざっくり132日あったとして、ある病院でマイナカードが保険証として使われたのが1日あたり10件あったとします。すると132日間10件で問題が1件も起きない確率は、
99.9% ^ (10x132) = 26.7%
です。問題が少なくとも一件起きる確率は、問題が一件も起きない、という事象の逆なので、
1 - 26.7% = 73.3%
と、7割強の病院で何かしら1件は問題が起きるということがわかります。もちろん、マイナカードはもっと精度が高く、問題が起きる確率も低い、99.999%問題ないのだ、ということであればもうちょっと異なる答えになります。仮に99.999%であれば、
1 - 99.999% ^ (10 x 132) = 1.3%
とかなり低い確率にはなります。いずれにせよ、少なくとも1件問題が起きる、ということなら、それは多くの病院で問題は起きてもおかしくないのではないか、正確にどのようにアンケートでは聞いたのか、教えてほしい、という指摘は入るはずです。
問題2:一つの事例からの一般化
記事で紹介されていた事例の一つとして、
「10割負担を求められた患者とのトラブルも。「顔認証で確認できず、暗証番号記憶なし。保険証を持ち合わせておらず、一旦10割負担になることを説明したが、役所で、これで保険証なくても受診できると言われたの一点張りで納得せず。待合室で大きな声で騒ぎ立てるため、やむなく警察を呼んで、その場は終息した」という報告もあった。」
というものがありました。意図としては、こんな大きな問題が起きるのはダメだ、ということを伝えたいのだと思います。
ただし、これはよくある「一つの事例からの一般化」というやつです。ある特殊な事例を一つ持ってきて、あたかもそれがよく起きる問題であるかのように言い立てることです。仮に分析レポートにこういうことが書いてあると聞かれるのは、「これってどれぐらいの頻度で起きているの?一回きりなのか、よくある問題なのか、どっち?」という質問です。
おそらくこの事例は、かなり特殊な事例だと思われます。もしマイナカードの保険証利用で何か問題があって、10割負担となったとしても、まあ仕方ないとなって払う人とか、やむなく自宅に帰って今まで通りの保険証を取ってくる人などもいるはずです。ここまで頑固に待合室で騒ぎ立てる人はほぼいないと思います。似たような事例が多いというサポート情報がなければ、分析レポートでは触れない方が良いです。
問題3:比較対象がない
3つ目の問題が一番大きいのですが、全ての調査データに対して、多いのか少ないのか、判断できる基準がないという点です。例えば65%の病院が何らかのトラブルを経験している、ということですが、「この65%って多いの、少ないの?」というのは分析レポートであれば必ず指摘が入ります。
他にも
トラブルがあった際、コールセンターにすぐつながらないなど、すぐに対応できなかったケースを経験した医療機関も39.9%
資格確認できず、一旦10割負担で医療費を徴収した事例が38都道府県で1291件あった
というデータが提示されていますが、39.9%が多いのか少ないのか、1291件が多いのか少ないのか、これだけでは誰にもわかりません。
ではどうすべきか、というと比較対象を見つけることです。よくあるのは過去のデータと比較することですが、今回は初めてのアンケート調査ということもあり、それは難しいです。であれば、似たような事例で同じ調査をした場合のデータと比較をするのが定石です。似たような事例とは、今回の例で言えば、既存の保険証でどれぐらいの問題が起きているのか、ということです。
既存の保険証の方が多く使われていると思われるので、完全な比較対象にはならない(使われる数が多ければ、少なくとも1回は問題が発生する可能性が大きくなる)ですが、何も比較対象がないよりマシです。仮に既存の保険証で問題が起きている割合が3%などかなり低いのであれば、使用頻度も多い上に問題が発生する割合も少ないということで、確かにマイナカードの保険証利用で問題が発生する可能性が高い、と言えると思います。逆に70%など高めなのであれば、利用頻度が多いことを割り引いて考えても、マイナカードで発生している問題は頻度としてはそれほど悪くないのでは、と考えることができます。
コールセンターのデータについては、おそらくマイナカード専用のコールセンターだと思うので、既存の保険証利用については比較対象がなさそうです。10割負担で医療費を徴収した件数は、既存の保険証利用の場合でも、同じようなデータが取れるはずです。取れないのであれば、「何かその数字に意味ってあるの?その数字だけで結論出せないよね。」と分析レポートでは指摘が入ります。
と思っていたら、そういった調査があったようです。
とすると、今回の記事を分析レポートとしてみた時に、65%の病院で問題があったとのことだけど、それって年間600万件という誤りや不正使用、年間1000億円の経費と比較したら、瑣末な問題ではないのか、という疑問を持たれてしまいます。
まとめ
マイナカードに関する記事を、分析レポートとしてみた時に社内でありそうなツッコミを書いてみました。他にも似たような記事を見ますが、だいたい同じような問題点があって、上記に書いたような点はもう少し考慮してほしいなと思います。特に既存の保険証で起きている問題との比較は、ほぼ見かけません。必ず載せてほしいなと思います。
ついでに言うと、記事にある調査をした「全国保健医療団体連合会」は、トップページに思い切り「2024年秋の保険証廃止は撤回を」と書いてあり、そういった団体の調査結果はどのみち偏ったデータしか出してこないのでは、と言う心配もあります。マイナカード保険証に反対の団体が、仮にマイナカード保険証の方が良かったというデータを見つけたとしても、そのデータを公表することはないと考えられるからです。
ちなみに私はマイナカードを保険証として使っていまして、初めて病院で使った時はカードを入れるところがわからず、間違った場所にカードを置いていました。しばらく経っても何も起きなかったですが、受付の方がもう大丈夫ですよ、と言うので確認が取れたのだと思っていました。あれもトラブルの一つにカウントされるのかな、と思いました。