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ジンジャンに夢を託して~ハーレム、とある黒人起業家兄弟のお話

「ブラックカルチャーを探して」の4回目は、つい先ごろまでアメリカ~ニューヨークに滞在していたイラストレーターのJAYさん。ファンクやヒップホップ、ソウルなどのブラックミュージックを愛し、ユーモアとリスペクトを込めたイラストを発表し続けている彼が今回教えてくれたのは、ニューヨークで出会った、あるアフリカン・アメリカンの兄弟のストーリー。厳しい現実の中、故郷、ギニアの味も含めたフレッシュなメニューで訪れる人を癒す小さなお店を営み始めた「地上の星」たち。ごくごくふつうのアフリカン・アメリカンの若者たちの素顔に触れてみてください。


ニューヨーク、地下鉄4〜6番線125st.駅。

125st.はハーレムの中心部を東西に走る目抜き通りで、駅周辺は多くの人々が行き交い、活気に溢れている。子連れで歩く女性、建築資材を抱えて運ぶ男性、音楽を聴きながら早歩きで人混みを抜ける若者、街角にたむろして大声で談笑する中高年、路上に腰を下ろしたホームレスや薬物中毒者……。

喧騒の中を3分ほど西に歩いた先の荘厳な建物の1階に「Ginjan Cafe(ジンジャン・カフェ)」はある。私が約1年間ニューヨークに滞在している間、最もよく通った場所だった。

ハーレムのど真ん中にあるこのカフェは、西アフリカのギニア共和国から渡米したモハメドとラヒーム、2人の兄弟によって営まれている。

店名にもある「ジンジャン」とは、彼らの故郷で古くから愛され続けてきた伝統的な生姜ジュースのことだ。

フレッシュな生姜をパイナップル、レモンとミックスし、バニラやアニスで香り付けした逸品で、爽やかな喉ごしとピリリとした刺激が心地よい。もちろん原材料は100%オーガニック、非GMO(遺伝子組み換えではない)だ。

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製品化、そしてカフェの開業へ


兄弟が歩んだ歴史は、かなりタフだ。

兄のモハメドは13歳の頃に単身でアメリカに渡った。その3年後に弟のラヒームも渡米したが、兄と一緒に暮らすことはできず、約20年もの間、米国内を転々としながら遠く離れた場所で過ごしてきた。

「当時のことはマジでいろいろ複雑すぎて、話すと1日終わっちゃうよ」

モハメドは笑ってそう言う。

後にニューヨークで再会した彼らは、2014年、ビジネスの立ち上げに向けて動き出した。

最初に着手したのは、ジンジャンの製品化と卸売。

母親の協力を得ながらレシピを研究し、試行錯誤を繰り返した。

並行して複数のビジネスコンテストにエントリー、受賞を繰り返す。その賞金を元手に、量産に向けた体制を整えていく。

こうして生まれたボトルタイプの「ジンジャン」は、フレッシュな味わいをスタイリッシュなデザインのボトルにそのまま詰め込んだ、彼らの初のプロダクトとなった。

翌2015年にはニューヨーク市内のすべてのホールフーズ(*1)で手に取ることができるようになり、今では市内の90を超える店舗で取り扱われている。

「僕たちは故郷の味を広く多くの人に知ってもらいたかった。けれど、目的はそれだけじゃないんだ」

モハメドとラヒームは、製品を売るだけでなく自らがコミュニティの中で人々と触れ合うことが重要だと考えていた。

そこでカフェという場がうってつけだったという。

「この国には、今でもアフリカ系への根強い偏見がある。僕がギニアの出身だと話すと、裸足で外を歩いてるような国だとか、ギャングが蔓延っているんだろうって言われることがある。それに、アフリカ系の飲食店はクオリティが低いとか怠けてるとかっていうこともね。

もちろん貧しい地域や都市化が進んでないエリアでは、そういうこともあると思う。だけどそれは一部だし、少なくとも僕は見たことがない。だから僕たちが成功することで、そうじゃないんだってことを伝えていきたい。アフリカ系に対するネガティブなステレオタイプを払拭したいんだ。

そのためにカフェを開いたんだよ。清潔で落ち着ける店内、洗練されたデザイン、そして味と品質に妥協しないジンジャンやコーヒー、軽食。それをコミュニティを通して人々に届けることができる」

ジンジャン・カフェは2019年8月にオープンした。私が初めて訪れたのはその直後の9月で、以来Covid-19によるロックダウンまではかなりの頻度で通っていたが、みるみるうちにお客さんの数が増え、繁盛しているのが見て取れた。

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アフリカン・アメリカンがビジネスを始めるということ

「ビジネスをやる上で一番大変だったこと? 

間違いなく資金調達だよ。黒人経営のファンドや銀行は全米でも本当に数えるほどしかないから、どうしても白人系の金融機関を頼らなきゃいけない。でも、そこには未だはっきりとした差別があるんだ。

たとえば、僕と白人のビジネスマンが同時にファンドに融資を申し込んだとしよう。ふたりの事業計画は全く同じ。すると融資が下りるのは、白人のほうなんだ。仮に僕らに下りたとしても、金利をグンと上げられる。

ふたりの違いは何だったか? ……肌の色。ただそれだけさ」

ファンドが融資の判断をするとき、リスクの大きな相手であれば断るか、あるいは金利を上げる。それはいたって当然のことだろう。

しかし、長きにわたって不公平、不平等な扱いを受けているアフリカン・アメリカンのビジネスには、白人のそれよりも大きなリスクを抱えるケースが多い。

ファンドは差別を意図してではなく、リスクによって判断をしているが、結果的には、それが差別に直結することとなる。典型的なシステミック・レイシズム(制度的差別)の一例だといえるだろう。

「だから僕らはほぼ自己資金だけでこのビジネスを始めた。最初は手元に1,000ドルも無かったんだ。店の内装や備品も自分たちで用意してるんだよ。僕らがアメリカでビジネスを立ち上げるのは、簡単なことじゃないんだ」

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右が兄のモハメド(36歳/取材時点)、左が弟のラヒーム(34歳/同)。

Covid-19と#BlackLivesMatter


私が日本に帰国する8月を前に、幸運にもジンジャン・カフェは営業を再開し、ふたりに会うことができた。

折しも、ジョージ・フロイドさんの死によって全米で#BlackLivesMatterの抗議運動が巻き起こり、その火はいまだ消えずといったタイミングだった。

「苦しい状況だったけど、カフェをオープンしてから5ヶ月間休みなしだったから、ゆっくり自分のことと向き合えた。それはよかったかな。

ロックダウン中は、命をかけて現場に立っている医療関係者のためにできることをやろうと思って、ハーレムの病院にジンジャンを送り届けていた。この取り組みには多くの人たちが賛同してくれたよ」

と、兄のモハメド。

Covid-19が起きたからこそ、 #BLM もあそこまで大きなうねりになったんだと思う。フラストレーションが溜まっていたんだろうね。

けれどそれも、人種差別が未だにはっきりと残っているからこそだよ。僕たちだって警察に嫌がらせを受けることもあるしね。あんな悲惨な出来事は起きてはいけない。僕も家の近くで行われた抗議デモに参加したよ」

弟のラヒームが語気を強めて続ける。

#BLM の抗議運動はかつてない規模で全米に広がり、国や自治体に具体的な変化を促すに至った。同時に、一部では暴動や略奪にも発展し、ジンジャン・カフェのあるエリアでも建物の窓ガラスを割られないようにベニヤ板で防護する店舗がたくさんあった。

「暴動や略奪は許されることじゃないよ。僕も、暴動を起こした個人に対しては間違っていると言いたい。だけど、一歩引いた視点で黒人全体の問題として#BLMを見たとき……、暴動や略奪が起こってしまうことを『理解はできる』んだ」

『理解はできる』。彼らの心境を端的に言い表すのに、これほど適した表現もないだろうと感じた。

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歩みを止めない「地上の星」


「今後はカフェにギャラリーを併設したり、アパレルの取り扱いも始めたい。カフェって人が立ち寄るには最高の場所でしょ?  そこにアート作品やアパレルが並んでたら、自然と目が行くからね」

「いつかは国内外いろんな場所にジンジャン・カフェをオープンしたいと思ってる。もちろん日本でもね」

兄弟は口々に次の目標を語る。

2020年8月、Pharrell WilliamsとJay-Zによる「Entrepreneur」という曲がリリースされた。

 
MVでは黒人起業家のスターたちが描かれているが、ここにも「地上の星」はいる。

「来年Covid-19が収束したら、バケーションを取って日本に行こうと思ってるんだ」

とモハメドが言った。

お、市場調査? と冗談めかして聞いてみると、

「あはは。いや、旅行だよ。でも観光だけじゃなくて、オシャレなカフェを回ったりはしたいね」

と笑って答えてくれた。

Covid-19と、#BLM。2020年を揺るがした2つの大きな渦の真ん中にいながら、彼ら「Ginjan Bros.(ジンジャン・ブラザーズ)」の目は強く明るく輝いている。


Ginjan Cafe
https://drinkginjan.com/
85 E 125th St, New York, NY 10035 USA
https://g.page/ginjancafe?share

*1 ホールフーズ:Whole Foods Market。オーガニックやグルメ、自然食などを中心に取り扱う高級志向の食品スーパー。日本人観光客にも人気で、エコバッグなどのグッズはお土産の定番。

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文・写真・マンガ:JAY

著者プロフィール:
JAY:1984年生まれのファンク・マンガ・ライター。ソウル、ファンク、ヒップホップに関するマンガやイラストなどを描いています。イラストを担当した書籍に、『今日から使えるヒップホップ用語集』(スモール出版)。ジェイムズ・ブラウンをサンプリングした『ファンキー社長』更新中。twitter:@f__kinJay note:https://note.com/f__kinjay

                      

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