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「ラジオといるじかん 」Vol.5 だが、もう「パスタ」は言える

絵はんこ作家でエッセイストとしても活躍するあまのさくやさんの連載企画「ラジオといるじかん」の第5回。今回は、あまのさんがハマったテレビドラマについてのお話を中心に、そのドラマのモデルとなった山里亮太さん、若林正恭さんの、それぞれのラジオ番組についてのお話。多くのラジオリスナーが見ていたと思われるこのドラマであまのさんが感じたものとは?  

 この連載は「ラジオといるじかん」、と銘打っているわりに結構テレビの話をしてしまう。だけどやはりラジオ好きとしては避けて通れないドラマが、最終回を迎えた。『だが、情熱はある』(日本テレビ)である。

 あっ、ドラマがはじまっちゃう!と慌ててシャワーに駆け込んでリアルタイムで観るドラマがあるのは久しぶりだ。リアルタイムで一度見てから、その週の中でもう1、2回は見返していた。自分が今までご本人たちのラジオやらエッセイやら出演番組で見聞きして来た中の記憶を呼び起こしつつ、一度には受け止めきれない球を毎回投げられている感覚で見ていた。

 まず何が好きって、この番組の冒頭のナレーションが好きだ。「しかし断っておくが、友情物語ではないし、サクセスストーリーでもない。そして、ほとんどの人において、まったく参考にはならない」
 たいていの人生が、誰かの人生の参考にはならない。自意識をこじらせた二人の話は、誰かの教訓となりえるだろうという気持ちで話されてはいない。参考にはならなくとも、この二人のストーリーに強く影響を受けた二人組のヒップホップユニットが武道館でライブをするアーティストになった。誰かの参考になろうと思いながら生きている人はいない。自分の人生を必死に生きて、その姿をトークなり漫才なりエッセイなりで吐き出した結果、それを吸って糧にした誰かのもとに届いた。ただそれだけの偶然の事実なのだ。それがストーリー冒頭で毎回語られるたびに、文章を書く仕事をしている自分には頼もしく響いてくる。

 説明不要かもしれないが、『だが、情熱はある』は日本テレビの番組企画で「たりないふたり」というユニットを組んだ、オードリー若林(正恭)さんと南海キャンディーズの山ちゃん(山里亮太)二人のそれぞれの歩んできた道のりが描かれたドラマだ。山ちゃん役の森本慎太郎さん(SixTones)と若林さん役の髙橋海人(King&Prince)さんをはじめ役者陣の演技は素晴らしすぎた。M-1グランプリでの漫才やたりないふたりの漫才の再現も、声や特徴のとらえ方も含めて「あれ、ご本人!?」と錯覚し、記憶が上塗りされるような感覚すらある。

 しかし最終回では不思議な感情と出会った。エンディングテーマで流れる映像では冒頭に小さな画面越しに本物二人の映像が映るのだが、いつも通りのはずなのに、最終回はより一層その映像にグググッと心が持っていかれた。二人の漫才が無性に見たくなってしまった。ああ、この感覚、以前も味わったことがある。なんだろう? と思ったら、映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見た時と全く一緒だ!!!と気がついた。
 もうフレディ・マーキュリーにしか見えない……というほど主演俳優ラミ・マレックを本人と錯覚しながら本編を見ていて、最後のエンディングでは実際のライブ映像が流れて、「わぁぁやっぱり本物最高だ!!」となった、あの感覚。二人がQUEENに見えた。
 素晴らしき俳優仕事・映像作品はオリジナルの文脈を踏まえて、再現ではなくそのドラマ世界を作り上げるので私はまんまと没頭してしまう。それはまたオリジナルの魅力を倍増させるということでもあるのだ。

 ここからはネタバレを含むので、未視聴かつ神経質な方は避けていただきたいけれど、二人の今にネタバレも何もないので、読んだ上で視聴いただいても問題はないかと思う。 
 物語はつい数週間前のラジオや、ドラマ撮影がはじまった頃に差し入れに行く本人の姿まで描かれ、生々しいほどにリアルタイムに近づいていく。そしてどうなるのだろう、もしかして何かさらなるサプライズがあるのではと内心ドキドキしながら進み、ドラマは二人が乗り込んだエレベーターの扉が閉まるところで終わる。それはここから先二人がどうするか、何をするかなど何も言わない。でも視聴者全員の想い、「また、たりないふたりで漫才やらないの?」の物欲しそうな目を、『だが、情熱はある』ドラマチームが代弁してくれているようなラストシーンだった。その時が来ればまたやるのだろうし、来なければ絶対にやらないのだろうから。

 2023年5月31日放送の『山里亮太の不毛な議論』(TBSラジオ)では、山ちゃん役の森本さんがゲスト出演した。森本さんの声はドラマでの声とは違っていて、心底はつらつとした響きがあって明るい。とにかく天真爛漫なキャラクターの彼が山ちゃん役を演じたことで、今まで本人の辞書にほとんどなかった「ずるい」という感情が芽生え始めていると言うから笑った。大いにドラマが話題になっているこのタイミング、スペシャルウィークのオードリーのANN(『オールナイトニッポン』)は誰がゲストになるのだろう…? と湧き立つタイミングで、発表されたのは「MIC株式会社の谷口大輔さん」だ。 誰か?ということはリトルトゥース(*『オードリーのANN』リスナーのこと)ならばみんな知っている。オードリーの二人の友達だ。いうなれば一般のお方。ほんの少しだけ、「こんなタイミングだし、髙橋海人くん来たりして…?  いやまさかね、オードリーはそういうこと絶対しないよな」とわかりつつ、聞いた時にそれなりに小がっかりが襲って来たから、私もまだまだリトルトゥース初心者だなと思う。

 同級生の谷口さんが働く会社で深夜1時から3時までお届けされたこの日の『オールナイトニッポン』では、「会社では実質ナンバー3だから」と豪語する谷口さんに「お前それ嘘だろ」と、オードリーの二人がイジり続けた。番組の終盤で谷口さんが自筆の手紙を読み上げる場面があったが、その手紙はあまりドラマ性も緊張感もない内容で、オードリーの二人もリスナーも感動しないものだった。友情物語でも、サクセスストーリーでもなかったし、ほとんどの人において、まったく参考にはならない。情熱すらあったのかはわからない。だがとても、幸せそうな時間だった。

 自意識が高すぎて人前で「パスタ」と言うのが恥ずかしいと言っていた若林さんが、いつの間にか「パスタ」を言えるようになっている。「たりないふたり」と呼ばれていた二人が、いつのまにかお茶の間の中心になっていて、世間的に見たら十分たりている。だけどたりないところはずーーっといつまでもたりていない。その姿に安心してしまうのだ。

 たりないふたりが漫才の最後に心の底から放った「足りなくてよかった」。この言葉に、どれだけの人が救われているのかは計り知れない。今後トマトパスタを食べるたびに、このドラマのことを思い出しそうな予感がする。

文・イラスト:あまのさくや

【著者プロフィール】
あまのさくや

絵はんこ作家、エッセイスト。チェコ親善アンバサダー。カリフォルニア生まれ、東京育ち。現在は岩手県・紫波町に移住。「ZINEづくり部」を発足し、自分にしか作れないものを創作し続ける楽しさを伝えるワークショップも行う。著書に『32歳。いきなり介護がやってきたー時をかける認知症の父と、がんの母と』(佼成出版社)、『チェコに学ぶ「作る」の魔力』(かもがわ出版)ほか。
SNSは、Twitterアカウント(@sakuhanjyo)、Instagram(https://www.instagram.com/sakuhanjyo/)、また、noteで自身のマガジンも展開中。

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