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長い旅に出る前に~ロードトリップfromポートランド

 アメリカはオレゴン州ポートランド在住の写真家、北野詩乃さんのフォト&エッセイをお届けします。
 12年前に思いついた、あるプラン。すぐには実行されなかったプラン。そのことを顧みて、その後の個人的な環境の変化、そしてアメリカ社会が経験した変化(コロナ禍、2020年の大統領選挙などなど)を経て、新たな一歩を踏み出すための旅に出た詩乃さんの、なんとも自然で、美しい写真の数々をお楽しみください。また、この記録はこれからさらなる長い旅に出かける前の下見、ロケハンの成果のようなもの。詩乃さんの旅の記録は、これから随時お届けする予定です。どうぞご期待ください。

ある朝、ふと思いついて……


今から12年ほど前、ブルックリンのベッドの上で、私は白い天井をみながら悶々としていた。
夫はさっさと起きて会社へ行く支度をしている。毎朝の日課であるアイロンがけに彼は集中していた。
時折アイロン台がぎしぎしと軋む音が耳に入り、私はその音をBGMに、大げさながら人生を考えていた。

急に、ある発想が頭に浮かんだ。
そうだ、街中でニューヨーカーに声をかけて、話をしよう。
たとえば、あなたの人生を教えてほしい、幸せなときはいつでしたか? 逆に悲しかったことは? などと質問をするのだ。

私は確かに覚えている。胸はときめき、涙が出てきた。
この街は宝箱みたいに、人生が詰まっている。私はそれを写真と文章で表現してみたい。
そしてベッドから出て、シャワーを浴びて、夫を送り出し、私も仕事へ出かけた。

毎日毎日、今日こそはストリートへ出て声をかけようと思い、しかしあまりの恐怖に怖気付いた私は、
こんなことしたって誰も喜ばないし、何のためになるのだろうと言い訳を考え、そのときめきはどこかへ封印してしまった。

あの時の思いを思い起こさせてくれた一冊の本


それから3年後、ブランドン・スタントンというアメリカ人の写真家が一冊の本を出版した。
タイトルは「Humans of New York」。
その本にはまさに私があの朝、ときめいた内容のものが載っていた。多くのニューヨーカーたちの人生が、写真と共に綴られていた。
「Humans of New York」はニューヨーク・タイムズで絶賛され、彼はのちにタイム誌の「世界を変える30歳未満の30人」に選ばれ、現在インスタグラムには1,200万人のフォロワーがいる。
何よりも、彼はそれを通して時折募金を集め、小児がん研究へは4億円以上を、最近ではディベート・リーグにたった24時間で1億円以上を集め、寄付している。

当然ながらブランドンは別に私の頭の中を覗いてアイディアを盗んだのではない。
彼は彼にやってきた直観やアイディアを形にし、私はただの臆病者だっただけの話だ。

ものすごいショックを受けつつも、私はもうその頃には諦めるという行為に慣れるという、これまたどうしようもないループに入っていた。
あれから9年間、私はやっぱりやらなくてはいけない宿題をずっと抱えたまま、沸々とした思いだけが膿をもって侵食していくのを感じた。


生活の変化を機に、あてのないロードトリップへ


その間、離婚もし、ニューヨークからオレゴン州ポートランドへ移住した。
そして昨年、諸事情により家を失ったため、それを機会に思い切ってロードトリップへ出かけることにした。
ニューヨークなんて言わず、アメリカ合衆国、いや世界を舞台にすればいい(言ってしまった・・・)。

ちょうどアジア人が攻撃される事件が相次ぐ時期だったが、私はあえてニュースを無視して出発した。途中で渓谷で迷い死にそうになったり、
トランプの名前が書かれた旗がはためくガンストアに入ってオーナーと話し、野生の馬が見守る中キャンプをし、日系人収容所跡地へ寄り、
二週間かけてオレゴン州からニューメキシコ州まで行って戻ってきた。

そしてふたたび、新たな旅へ


そして今月末、今度はアメリカ横断の旅へ出ようと思う。
車で、一人で、カメラを持って、誰に会うかは未知数だが、その人たちに会ってみたい。
西海岸のオレゴン州から東海岸のニューヨークまで行き、そしてまたオレゴン州へ戻る。

まだルートは決めておらず、心の準備もままならぬ状態だが、とにかく出発しようと思う。 

ブランドンは、初めの一人に話しかけるとき、何を想ったのだろう。
そしてわたしは、何を想うのだろう。

文・写真:北野詩乃

著者プロフィール
北野詩乃…写真家。東京都品川区出身。スペインのアンダルシア、米・ニューヨークを経て、2017年からオレゴン州ポートランド在住。ニューヨーク市の低所得者団地、いわゆる”プロジェクト”の住人たちをインタビューした”We The People”という企画で個展を開催、その写真すべてがスミソニアン博物館に寄贈される。一昨年、同ウェブでの連載「ブラックカルチャーを探して」の3回目、そして3月にロシアでの思い出を綴った記事を寄稿(両記事では柳川詩乃名義。●●よりペンネームを「北野詩乃」とした)。
公式HP http://www.shinoyanagawa.com/
インスタグラム https://www.instagram.com/shinocou

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