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「本と食と私」今月のテーマ:音楽―無反省なケチャップと、僕

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただいてきた企画、連載開始から今回で丸一年になりますが、なんと最終回となります! テーマは、「音楽」。これまでお読みくださった読者の皆様、そして田中さん、竹田さん、ありがとうございました!

無反省なケチャップと、僕


文:竹田 信弥

 ケチャップはハインツと決めている。ケチャップだけはハインツにしてくれ、と家族にお願いしている。他の調味料でメーカーを決めているものはない。ハインツのケチャップは酸味が強くスパイシーで、それだけで存在感がある。それじゃ調味料としては使いづらそうではないか、と言われそうだが、いやいや、縁の下の力持ちのような調味料ばかりでは面白くない。食材をより輝かせつつ自分の存在も主張する、そんな調味料もあっていい。食事が一段と賑やかなものになる。おすすめはケチャップライスだ。あと、逆さボトルが使いやすい。
 
 いろいろ御託を並べたが、僕がハインツのケチャップを使うきっかけになったのは、推しの歌手のエド・シーランが推していたからだ。推しの推しである。エド・シーランは、ハインツの大ファンで、腕にハインツのロゴのタトゥーが入っている。コラボ商品としてオリジナルのケチャップ「エドチャップ」も発売している。
 
 そんなエド・シーランの曲を聞くと僕は、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を思い出す。それは、「+」というアルバムでエド・シーランの存在を知って、ヘビーローテーションで聴いていたのと読んでいた時期がかぶるからだ。移動する時はエド・シーラン、電車に乗ったりカフェに入ったりして座ると『ダンス・ダンス・ダンス』を常にスイッチしていた。パブロフの犬的なやつだ。
 
 先に言っておくと僕は村上春樹に疎い。どれくらい疎いかといえば、初めて読んだ村上春樹の長編小説が『ダンス・ダンス・ダンス』だったくらい疎い。四部作の1つだということも知らずに読んだ。話としては、人間らしさを失った主人公が少女や個性的な登場人物と交流することで回復していく話。人を探したり、殺人事件が起こったりするミステリー小説の要素もあるけど、派手な展開があるわけではない。けれど、軽快な会話やかっこいいフレーズが多く、熱中して読めた。あの有名な「文化的雪かき」というフレーズもこの小説に出てくる。そして、料理の描写が多かった。
 
 この小説には、印象的にケチャップが出てくる。

「少し散歩してまともなハンバーガーを食べにいこう。肉がかりっとしてジューシーで、トマト・ケチャップがとことん無反省で、美味く焦げたリアルな玉葱のはさんである本物のハンバーガー」

『ダンスダンスダンス』下巻 講談社文庫 P.70
村上春樹 講談社 1998年

 「トマト・ケチャップがとことん無反省」というのはなんとも魅力的である。どれくらいかかっているかを想像するだけでテンションが上がる。アメリカンな本格的なハンバーガー屋さんにいくと、ケチャップとマスタードのボトルのささった専用のスタンドを渡されることがある。あれを渡されたら最後だ。ハンバーガーを前に「とことん無反省」というフレーズが囁かれる。なぜかエド・シーランがハインツのケチャップを持ってニコニコしている絵も浮かぶ。脳内の彼にそそのかされて、ブチューーと音を立ててハンバーガーの下半分が真っ赤に染まる。そして、自分の服にも赤い点々が飛び散る。
 
 それもまた、とことん無反省だから仕方がないことである。やれやれ。


著者プロフィール:
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

竹田 信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
Twitter @lionbookstore
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