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神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.2 

“裏芝”に遺された神仏の名像と
都市伝説のご利益スポット

【芝・増上寺周辺・後編】

神仏探偵・本田不二雄が案内する「トーキョー地霊ちれいウォーク」。神仏の霊跡を訪ね、土地に秘められた記憶(地霊)をやや深堀りする半日コースです。今回は、前回につづき、芝・増上寺周辺の後編。このエリアは、かつて古墳群があった地で、江戸の忘れ形見のような神仏像が現存し、都市伝説の現場が残っていたりする、なかなかの不思議エリアなのです。では、さらなるディープを求めて、この奥へと分け入ってみましょう。

上書き、更新されていく地霊スポット

 前回、芝の増上寺、すなわち徳川家の霊的守護の要となる寺院と、都心に残る最大の前方後円墳の場が重なっていたことを見ていきました。このことは単なる偶然だったのか。あるいは何らかの意味があったのか、なかったのか……。
 江戸の都市計画といえば、よく知られているのが、家康・秀忠・家光と三代にわたり徳川将軍家のブレーンとして活躍した天海僧正のそれです。通説では、天海は江戸の鬼門にあたる上野に寛永寺を配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したといわれています。つまり、江戸城の鬼門と裏鬼門にそれぞれ徳川の菩提寺を配置したのです。

 ただ、もとよりこのふたつの場所は、東京湾にせり出した台地の端に位置し、海を望む絶好のビューポイントでした。そしてともに、古代豪族が前方後円墳を築いた場所だったのです!(今は埋没していますが、両者とも前方後円墳の周囲には小規模な古墳が付随していたことがわかっています)。つまり、上野も芝も、古代武蔵を代表する地霊の中枢だったわけですね。
家康公(天海僧正?)はあえてそんな場所を江戸鎮護の場に定めたわけです。

 加えて今回、古地図を確認していて、はっとしました。
 かつて丸山古墳の墳頂にあたる部分に、五重塔が建っていたのです。
 いわばお江戸のタワー。五重塔はもとは仏教的宇宙観(五大)をあらわすものですが、あえてそこに建てられていたことに、意味深なものを思わせます。
 また前回触れたように、古墳の懐には随身稲荷(丸山稲荷)社が祀られています。
 これらは何を意味するのか。太古の族長の墓(古墳)が江戸期に転用されたというより、もとからあった地霊スポットが新たな土地神と仏教的なシンボルによって更新(上書き)され、新たな時代の土地の鎮めとなったということではないか。神仏探偵はそのように推理します。

 実はこういう例は、東京の有名寺社の境内ではしばしば見受けられるパターンなのですね(次回以降、折に触れて申し上げましょう)。

古地図/『江戸名所図会』に描かれたかつての増上寺境内。①は大殿(本殿)、②はかつての黒本尊堂、③はかつての安国殿(現在の芝東照宮)、④は円山(丸山/丸山古墳)。その頂上に五重塔が建てられ、たもとには丸山いなり(=随身稲荷社)が鎮座している。
写真=土手状にかつての面影を残す芝丸山古墳と、随身稲荷社(中央)。
写真=現在の増上寺境内と芝公園エリアの空撮。

東京タワーのお膝下にある注目スポット

 さらに面白いのは、お江戸のタワー・五重塔のあった場所の近くに、戦後復興の象徴というべき東京タワーが建てられたことです。時代は変われど、どうやらここは時代のエポックとなる構造物が集結する場だったようです。
 さて、芝公園の外周から 右手にザ・プリンス・パークタワー東京を見ながら進むと、やがて緑の丘の先におなじみの赤い鉄塔があらわれてきます。ですが、「タワー下」の交差点の手前に、ぜひ立ち寄りたいスポットがあります。
 増上寺の伽藍群のひとつとして開かれた宝珠院です。

 近年装いを一新したお堂には、注目すべき仏像の数々がおわします。まずは正面にドンと鎮座する閻魔大王(高さ2メートル!)と司録・司命像および人頭杖にんとうじょう(亡者の善悪を感知するふたつの頭像)の像。いわゆる地獄の裁判をつかさどる仏尊たちです。
 さらに脇の通路に入ると、秘仏の弁財天(前立ち像あり)と十五童子、両脇に大黒天と毘沙門天という福神オールスター。こちらの弁天さんは源頼朝や家康公も深く信仰したといわれる8臂像で、開運出世弁財天として知られています(秘仏は毎年4月17日の家康公の命日にあわせ開帳)。
 このほか、美麗な本尊・阿弥陀如来像、腰から下の病にご利益ありという「の権現」像などなど、これらがガラス越しではあるものの、じっくり拝観できるのは有り難いですね。

 もうひとつ、境内にある3つの石造物にもご注目を。
 カエルとヘビの像、そしてナメクジが彫られた石柱を探してみましょう。
 この三者は「三すくみ」(ジャンケンのような関係)をあらわし、「ヘビがカエルを食べる・カエルがナメクジを食べる・ナメクジがヘビを溶かす」とされたことから、三者がたがいに牽制しあって、争いごとが起こらない(転じて平和を願う)思いが込められているとのこと。
 いやあ、何とも江戸っ子の洒落が効いたモニュメントです。

① 近代的なお堂にリニューアルした宝珠院。正面が閻魔堂。 ② 境内の「三竦(すく)み像」のうち、カエル像。 ③ 同、ナメクジ像。石柱に刻まれているが、ややわかりにくい。ぜひ探してみよう。 ④ 同、ヘビ像。

ラストは、都市伝説のスポットと癒しのホトケ

 さて、いよいよ東京タワーへ……と言いたいところですが、その前に、タワーに隣接する「もみじ谷」の森へ。東京のど真ん中にこんな場所があるのかと驚く鬱蒼とした趣ですが、奥に進むと何やら謎のスポットが見えてきます。
 その名も蛇塚。崖に沿って階段状のアプローチが設えられ、数体の石仏が並んでいます。その突き当り、ひときわ大きな地蔵尊が立ちふさがるその奥に洞穴があり、覗いてみると、そこにはとぐろを巻いた蛇の像が……!

 こんな話が伝わっています。
 ——秋田県出身のある女性が、夜ごと金色に輝く蛇の夢を見て、それを機に商売がトントンと繁盛した。そして彼女は、地縁に導かれてたどり着いたもみじ谷に「お蛇さん」の像を祀りたいと、近くの心光院のご住職に相談。住職の口利きで、この地にお塚(礼拝所)が築かれた——。
 こうして蛇塚は、密かに金運アップの霊験あらたかな場所として知られるようになり、お参りする人が絶えないようです(ガチ参拝の人は、心光院の龍王堂もあわせて参拝するのが作法とのこと)。
 
 さて、都市伝説の現場を詣でたら、神仏探偵おすすめの石仏を拝んで地霊さんぽを締めくくりましょう。
 蛇塚裏の遊歩道を上ると、ほどなく小さなお堂があらわれます。安置されているのは、如意輪観音の石像。片膝を立てて右手を頬に添え、まるでまどろんでいるかのようです。
 以前著者はこの像に魅かれ、さまざまな資料にあたったところ、本像はかつて「富士見観音」と呼ばれていたことが判明しました。
 かつてこの丘から富士山が拝めたのですね。その、なんとも穏やかなお姿を愛でつつ、芝・増上寺編はフィニッシュとします。

① 「もみじ谷」の奥、タワー手前の崖に石段が設えられた蛇塚がある。 ② 蛇塚の洞穴。穴の手前に地蔵尊の石像が立っているが、その奥を覗くと「お蛇さん」のお姿が。 ③ 蛇塚の奥、高台に建つ如意輪観音堂。本田の調べでかつて「富士見観音」と呼ばれていたことが判明。 ④ 如意輪観音坐像。右手を頬に添える思惟の相。まどろんでいるようにも見える。 ⑤ もみじ谷から見上げる東京タワー。何年かぶりに昇ってみるのもまたよし。

【VOL.3へつづく】(7月5日公開予定!)

文・写真:本田不二雄

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【著者プロフィール】
本田不二雄(ほんだ・ふじお)
「神仏探偵」として、全国の神仏方面の「ただならぬモノ」を探索することを歓びとするノンフィクションライター。駒草出版の三部作として好評を博した『ミステリーな仏像』、『神木探偵』、『異界神社』(刊行順)のほか、そこから派生した最近刊『怪仏異神ミステリー』(王様文庫/三笠書房)、『地球の歩き方Books 日本の凄い神木』(Gakken)などの単著がある。Xアカウント  @shonen17

『異界神社 ニッポンの奥宮』
本田不二雄 著
2021年8月2日発売
A5変形 214ページ
ISBN:9784909646439、定価 1,980円(税込)

『神木探偵 神宿る木の秘密』
本田不二雄 著
2020年4月10日発売
A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293、定価 1,870円(税込)

『ミステリーな仏像』
本田不二雄 著
2017年2月11日発売
A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293、定価 1,650円(税込)


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