見出し画像

神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.1 

徳川家康が選んだ江戸の聖地に
巨大前方後円墳があった

【芝・増上寺周辺・前編】

神仏探偵・本田不二雄が案内する「トーキョー地霊ちれいウォーク」。神仏の霊跡を訪ねながら、お江戸の都市伝説と出会い、土地に秘められた記憶(地霊)をやや深堀りする半日コースです。初回は、芝・増上寺周辺を2回に分けて案内しましょう。増上寺といえば言わずと知れた江戸の名刹ですが、ここには“江戸の平和”を支えた隠れた神仏アイコンと、知られざるアイテムが秘められているのです。

江戸を代表する大寺と
徳川家康の守り本尊

 出発点はJR「浜松町」および都営地下鉄「大門」。西に向かうと、増上寺の大門が出迎えます。
 ここでいったん大門前を右折し、芝大神宮へ。「関東のお伊勢様」と呼ばれてきた名社にご挨拶がてら参拝します。「地霊ウォーク」は、その土地の鎮守さんをリスペクトするのがお決まりです。
 さて、増上寺の赤い三門(三解脱門)をくぐれば、大殿(本堂/1974年に再建)がドンと東京タワーをバックに視界に飛び込んできます。さらにその奥には、昨年竣工した麻布台ヒルズが。実に、江戸と昭和と令和の象徴をここで目の当たりにするわけです。そのことは、この「場」の意味をシンボリックに物語ってもいます。
 なお、お寺によれば、三解脱門から本堂へのアプローチは、穢土(この世)から極楽浄土にいたる道。ケンランたる仏の世界を実感しつつ、堂内で手を合わせてみましょう。
 
 さて、増上寺といえば、徳川家康が江戸に入府してまもなく現在地の地に移した、江戸を代表する大寺です。上野・寛永寺とならぶ徳川家の菩提寺としても知られていますが、そんな増上寺のキモというべきご本尊が、となりの安国殿に祀られています。
 通称「黒本尊(阿弥陀如来立像)」。
 家康公が深くあがめ、その加護によって度重なる苦難・災難を乗り越え、戦を勝ち抜いてきたとされる守り本尊です。通常は秘仏なので見られないのですが、扉の前には端正なお前立の像が安置されています。江戸人たちにも広く拝まれてきた「勝運黒本尊」に幸運を祈るのもありでしょう。
 
 さて、安国殿の周囲には石仏愛好者必見のお像が残されています。そのひとつが、お堂に収められている西向観音、もうひとつが、安国殿裏に安置されている四菩薩(普賢・地蔵、虚空蔵、文殊)像です。いずれも東京には珍しい鎌倉時代にさかのぼる貴重な古仏で、素朴ながらもやさしいお顔が特徴です。
 歴史好きなら、隣接する「徳川将軍家墓所(徳川家霊廟)」も見逃せません。ここは平成27年4月2日より一般公開されるようなったエリアで、徳川家6人の将軍のほか、正室、側室らの墓塔が整然と配されており、けだし壮観です。

① 増上寺の三解脱門。額には増上寺の山号「三縁山」。② 大殿正面から目に飛び込んでくる景色。③ 安国殿裏にある「四菩薩像」。向かって左から文殊菩薩、虚空蔵菩薩、地蔵菩薩、普賢菩薩の各像。④ 西向観音堂。中には石造聖観音立像を安置。子育て・安産に霊験あらたかと伝わる。

家康公の“国家鎮護の呪術”が行われた場所

 いったん日比谷通りに出て、次は増上寺の南に隣接する芝公園へ向かいましょう。ここはもと増上寺の境内だった場所ですが、この公園内に、江戸・東京の知られざる歴史を物語るスポットがあるのです。
 
 そのひとつが芝東照宮。
 拝殿前には御神木のイチョウの木があり、こちらは3代将軍家光公お手植えとのこと。戦災で増上寺周辺は灰燼に帰しましたが、御神体とこの大イチョウだけは生き延びたのだそうです。いわば"芝のヌシ"。ご挨拶かたがた拝しましょう。
 さて、東照宮といえば徳川家康公を祀る神社ですが、ここの"生き延びた"御神体は、家康自身を刻んだ等身大の彫像です。寿像じゅぞう(存命中につくっておく肖像彫刻)といい、生前、公は御魂入れの祭りを行ったのち、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と言い残したといいます。つまり、家康みずから国の守護神になることを誓い、その〝神体″をここ(かつての増上寺安国殿)に遺したわけです。御神体のため直接は拝観できませんが、拝殿にはその写真パネルが置かれています。
 
 先の黒本尊とこの寿像。このふたつを増上寺に配置したのは、徳川家康による〝国家鎮護の呪術″だったといえるでしょう。結果として、世界史を通じてもきわめて稀な約270年におよぶパックス・トクガワーナ(徳川の平和)が訪れたわけです。

① 芝東照宮の社前。かつてはこちらに増上寺安国殿があった。 ② 神木のイチョウ。高さ21.5メートル、幹回り6.5メートル、寛永18年(1641)徳川家光の御手植えと伝わる。

前方後円墳の場所に祀られた稲荷社の意味は?

 さて、芝東照宮に隣接する場所に、もうひとつの注目スポットがあります。
 それが芝丸山古墳です。
 都心に古墳とは意外ですが、実はここに東京に残る最大の前方後円墳があり、その端では縄文時代にさかのぼる貝塚も確認されています。確かにそこはこんもりとした丘で、上に登ることも可能。墳頂にあたる広場には、発見者・坪井正五郎博士による「瓢形大古墳、外部遺物……」と記された標識の石があります。
 
 ところで、個人的には墳丘のくびれ部分に祀られている随身稲荷も気になります。
 案内書によれば、増上寺の本尊が桑名城主から寄進されたとき、尊像の守護のために江戸までお供したお稲荷さんと伝わってます。つまり、増上寺の守護者としてこの稲荷社が祀られたわけですが、その場所が前方後円墳の横穴(遺体を納める玄室へつながる通路)だったと思しきポイントにあるのですね。
 ともあれ、都心に残る最大の前方後円墳と徳川家の菩提寺の場が重なっていたという事実。これは偶然だったのでしょうか。次回【芝・増上寺周辺 後編】ではさらにディープに迫ってみたいと思います。

① 中央に随身稲荷の朱鳥居が見える。その奥のこんもりとした高台が芝丸山古墳。 ② 随身稲荷の脇には「丸山古跡」の石碑があり、斜面に一対の神狐像が遺されている。 ③ 墳頂部の大石には「瓢型大古墳」と刻まれ、周囲に列石が置かれている。

後編へつづく

文・写真:本田不二雄

※当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固くお断りします。

【著者プロフィール】
本田不二雄(ほんだ・ふじお)
「神仏探偵」として、全国の神仏方面の「ただならぬモノ」を探索することを歓びとするノンフィクションライター。駒草出版の三部作として好評を博した『ミステリーな仏像』、『神木探偵』、『異界神社』(刊行順)のほか、そこから派生した最近刊『怪仏異神ミステリー』(王様文庫/三笠書房)、『地球の歩き方Books 日本の凄い神木』(Gakken)などの単著がある。Xアカウント  @shonen17

『異界神社 ニッポンの奥宮』
本田不二雄 著
2021年8月2日発売
A5変形 214ページ
ISBN:9784909646439、定価 1,980円(税込)

『神木探偵 神宿る木の秘密』
本田不二雄 著
2020年4月10日発売
A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293、定価 1,870円(税込)

『ミステリーな仏像』
本田不二雄 著
2017年2月11日発売
A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293、定価 1,650円(税込)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?