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2021年10月11日 小松庵総本家 銀座 ≡ 森の時間 ≡ 講師 小松庵蕎麦粉ブレンダー 黒澤昌宏

小松庵総本家の全店舗でご提供している蕎麦は、蕎麦粉だけで麺を打った「生粉打ち(きこうち)」です。その蕎麦粉を全て社内で挽いています。今日は専属のブレンダーから、蕎麦粉のお話をいたします。

<蕎麦の製粉方法のいろいろ>

黒澤
小松庵で蕎麦を製粉しているブレンダーの黒澤です。駒込の本店から少し離れたところに「蕎学舎」という工房がありまして、仕入れた蕎麦の実をそちらで挽いています。小松庵では、すべての蕎麦粉を石臼で挽いています。
まずは、蕎麦粉の製粉方法を説明します。製粉方法とは、粉を挽く方法、つまり蕎麦の実が粉になる話です。

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蕎麦粉というのは、原料品種の違いだけでなく、製粉の方法で違いが出ます。製粉方法は「石臼挽き製粉」や、機械化した「ロール挽き製粉」などがあります。石臼挽きなら、石の材質、回転数、石臼の目立てのやり方で、まるで違うものになります。目立てというのは、石臼は上下の石を重ねただけで粉が挽けるわけではなく、下の石に蕎麦の実が引っかかる溝を掘ることが必要で、その溝をつけることを目立てと言います。

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製粉する蕎麦の実も、蕎麦の実を割りながら外殻を取り除いて製粉する「挽きぐるみ製粉」、蕎麦の実を割らずに黒い殻だけ取り除いて製粉する「丸抜き製粉」というやり方があります。このように、挽き方や外殻の除き方を変えることで、違った蕎麦粉ができます。私はブレンダーとして、いろいろな産地の蕎麦粉をブレンドしていますが、それだけでなく同じ産地の蕎麦で挽き方を変えたものを複数ブレンドして、小松庵として特徴あるおいしい蕎麦が打てるようにしています。挽き方が違うと、味、香り、見た目の色、食べた時の喉越しなどがそれぞれに違ってきます。

ほとんどの蕎麦屋さんでは、自分のところで製粉することはありません。蕎麦の製粉会社の製品から選ぶか、こだわったとしても挽き方を注文して製粉をしてもらいます。製粉会社で蕎麦粉にしたものを、蕎麦屋さんは購入して打つという役割分担です。

<国内の製粉会社について>


黒澤
さて、製粉会社には小麦粉と蕎麦粉の両方を自社で製粉している会社もあれば、蕎麦粉は自社でやっているけれど、小麦粉は他社から仕入れて売っているだけという会社もあります。
日本では蕎麦粉の製粉をしている製粉会社は50〜60社くらいです。製粉会社ではないけれど、蕎麦粉の製粉をしている会社もあります。農協や、大きな蕎麦農家で蕎麦粉を挽いているところもあります。まれな例ですが、長野の文房具会社では、社長が蕎麦好きだからという理由で蕎麦粉の製粉をしています。
日本の有名な製粉会社の名前をあげていきます。

まずは北海道から言います、札幌市の中央区の長谷川製粉、白石区の横山製粉、山加(やまか)製粉。旭川にある土開(とかい)製粉。蕎麦製粉の組合がありますが、その組合に加盟していない会社もあります。農協と蕎麦屋で作った、江丹別蕎麦加工株式会社。

今まで蕎麦粉は国産か外国産なのかを調べる手段はありませんでした。だから、安い外国産を内緒で混ぜる会社もあったけど、今は遺伝子レベルで調べて国産か外国産かが分かるので、誤魔化す会社はなくなったと思います。

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小松社長(以下、社長)
国産の蕎麦は全体の2割くらいでしょう?ということは、蕎麦粉も外国産が多いんだよね?国産の蕎麦を出している店は、ちゃんと国産と謳っているの?

黒澤
外国産の蕎麦粉を使用しているのはチェーン店とかです。正直に国産の蕎麦を出している店ほど、国産だとアピールしていないことが多いです。とはいえ、外国産の蕎麦だからといって悪いわけではないです。いい蕎麦もあります。外国産なのを国産だと誤魔化しているから悪い印象を持つだけです。

社長
現場の人は違いは分かる?

小松庵総本家の蕎麦打ち職人
打っていて、国産の方が粘りがあるように感じます。

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黒澤
各地の製粉会社の続きです。
東北地方は山形県山形市に鈴木製粉所、やまびこがあります。福島県の木羽屋(こばや)製粉は、外側のそば殻ごと挽く黒い蕎麦が香り高くておいしいです。
関東は、栃木県栃木市の青木ソバ粉、埼玉県鴻巣市の長島製粉。練馬区の池田製粉、宮本製粉。中野区に本社がある石森製粉は、新木場に工場があります。そして、墨田区の霧下そば本家。
大きい製粉会社では、前に「森の時間」で話をしていただいた豊島区南池袋の北東製粉があります。株式会社の製粉会社で、株主に蕎麦屋さんがたくさんいます。たくさんの蕎麦屋さんが出資して作った会社という珍しい会社です。神奈川県小田原市の久津間(くつま)製粉は、親戚が鰹節屋さんをやっています。
長野県長野市には、伝統のある製粉会社の南沢惣吉商店があります。あとは、長野市にある信陽食品。長野県大町市の倉科製粉所も伝統がある会社です。栃木県には松屋製粉という大きな製粉会社があります。日本製粉の子会社です。

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大きい会社では、長野県長野市にある老舗の日穀製粉です。大きなチェーン店やコンビニエンスストアに納品していて、日本で最も挽砕量が多いといわれています。この会社は、今では日常的に目にすることが多くなったそば茶の生産を日本で最初に始めた会社です。そば茶の製造方法の特許を取った会社でしたが、その特許の期限が切れたので、他の会社でも自由にそば茶を作ることができるようになりました。
栃木県にある米山そば工業は、社長がいろいろチャレンジするおもしろい方です。

関西には蕎麦の製粉会社はあまりありませんが、その中では大阪市に大きい三宅製粉があります。徳島県に谷食糧という会社がありまして、菌を死滅させる「減菌蕎麦粉」に早い時期から取り組んでいます。減菌蕎麦粉の作り方は色々な方法がありますが、お菓子会社の方から「蕎麦落雁」を作るにはここの蕎麦粉が必要という話を聞いたことがあります。蕎麦落雁というのは、蕎麦粉と砂糖を混ぜて、木の枠に詰めて作るお菓子です。蕎麦粉は意外に雑菌の数が多いので、生で食べるような落雁では滅菌蕎麦粉が重宝されます。

<小松庵の製粉の方法>

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黒澤
小松庵の原料は全て国内産限定で殻付きの蕎麦の実を仕入れて、駒込本店の近くにある蕎学舎で石臼挽きで製粉をしています。製粉のやり方は、まず蕎麦の実に混ざっている石を取り除き、外側の殻をきれいにして、粒の大きさによって分別して粒を揃えて、殻を剥きます。

一般的に粉にする方法は、大きく分けて4種類あります。
まずは、昔からある「石臼挽き」です。石と石の間に蕎麦の実を入れて、石を回してすりつぶします。それから、鉄製のロールの中に入れて、潰して製粉する「機械製粉」。そして、昔からやっている「胴搗製粉(どうつきせいふん)」。昔は瓶の中に米を入れて、上から棒で搗いて皮(モミ殻)を剥いていました。そして、「気流製粉(きりゅうせいふん)」。大きな機械の中に原料を入れて、空気を入れて渦を作って蕎麦の実をぶつけ合って、その衝撃で粉にするという方法です。
実は、私は10年くらい前にこの機械の開発に携わりました。栃木県の小山にある古河産機という会社から声がかかりました。蕎麦の実同志をぶつけるだけなのですが、ものすごい勢いでぶつけるので、1000メッシュくらいの細かさになります。「メッシュ」というのはフルイの細かさの単位で、1インチ、約2.5センチの中に何目があるかを指します。つまり1000メッシュは、2.5センチに1000目があります。そのフルイを通るくらい細かくなります。
実際に開発に携わって、気流製粉は粉にする間に、水分が飛んで乾いてしまうことが分かりました。そこで、今は「湿式気流粉砕」という方法が取られています。つまり、湿度が高い空間の中で粉砕することで乾燥しないようなやり方です。ただ、香りが飛んでしまうので、蕎麦粉には向いてなくて、米粉の製造に使われているようです。

先ほど話した機械製粉は、原理は石臼製粉と同じです。機械製粉は、2本のロールの中で潰し合いますが、2本のロールの回転数が違うので早いロールに引っ張られて遅いロールとの間で引きちぎれます。石臼も、上下の石の間で引きちぎれます。
機械製粉の長所はなんといっても一度に大量に製粉できることです。そして、ロールの種類によって4種類くらいの粉を作ることができます。それをブレンドすることで、いろいろな粉を作ることができます。機械製粉の欠点は熱が発生するので香りが飛んでしまうことです。そこで、今はロールの中に水を通して冷やす「水冷式ロール」が主流になってきました。

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胴搗製粉は、英語でスタンプミールと言って、臼の中に杵を打つやり方です。機械製粉と違って熱は出ませんが、欠点としては挽砕量が少なく、とにかくうるさいです。東京では、練馬区豊玉にある池田製粉が胴搗製粉です。

石臼機は、いろいろなものがあります。石の種類やサイズによって、大きさや重さが異なります。石の材質はほとんどが御影石です。手に入れやすくて、加工しやすいからです。小松庵では、蟻巣石(ありすいし)というものを使っています。この特徴は名前の通り、蟻の巣みたいに隙間がたくさん開いています。隙間があるので、熱が発生しにくく、かつ御影石より重いのです。この石は、山梨や静岡で採取されていましたが、現在ではほとんどなくなりました。火山岩が特殊な冷え方をして作られた石で、今は採掘し尽くされてほとんど残っていません。完全に無くなったわけではありませんが、中古の蟻巣石もよく取引されています。あとは安山岩が使われています。滋賀県の伊吹山で取れるのが良質と言われています。小松庵では8台の石臼がありますが、全て蟻巣石です。

石臼で製粉するときには、上下の石同士を隙間なく合わせて、溝が掘ってある部分に蕎麦の実が入るようにして挽きます。石臼には蕎麦が上から落ちるようにしていますが、小松庵の石臼8台はその落とす速度を一台ずつ変えています。だから出てくる粉の仕上がりもそれぞれに違います。その違った蕎麦粉を合わせて、製麺しやすい粉にブレンドしています。粗い粉と細かい粉を混ぜる事によって、粉同士の繋がりをよくするのです。筒の中に玉を入れることを想像してください。筒の中に同じ大きさの玉を入れると隙間ができます。そこに水を入れると、隙間があるので多量の水が流れ落ちてしまいます。そこで隙間を埋めるために、小さな玉を入れます。それでも隙間があるので、さらに小さな粒を入れて隙間を埋めて、最終的にはごく小さな隙間しかない状態になります。そこに水を入れると、少量の水が全体に浸透します。つまり、蕎麦粉の隙間を少なくする事で蕎麦粉が繋がりやすくなります。

蕎麦粉は日にちが経ったものは繋がりにくくなります。蕎麦粉の消費期限は、大体が20日から3カ月と言われています。それ以上すぎると色も悪くなるし、水分も飛んで、繋がりにくい蕎麦になります。もちろん水分が飛ばないような工夫もできますが、挽きたてと同じようにはいきません。そういうわけで、当社の場合は店舗からの希望に合わせて毎日挽いていますので、3日と経たずに食べられています。こうしたやり方で、お客様においしいものを届けています。

また小松庵では「熟成蕎麦」というものを作っています。収穫したてのものを食べるということと、相反する食べ方になります。この熟成蕎麦は、玄蕎麦(殻付きの蕎麦の実)を空気に触れないように、温度や湿度が一定の中で保管しています。蕎麦というものはおもしろくて、収穫した後に、外側の殻を剥いてからでも熟成が進みます。その熟成がおいしい方に進むのか、まずくなってしまうのかは、やってみないと分かりません。同じ生産者の同じ畑でも、収穫した年によって異なります。毎年、実際にやってみて熟成が向いていそうならば、その後に1年間保管して熟成させています。熟成に向いているものは本当においしくなるのです。そんなやり方をしていますので小松庵の製粉は、一般の製粉会社のやり方とはかなり違っています。最も異なる点は、小松庵では畑で収穫した蕎麦を全部一緒に蕎麦粉にしていることです。つまり小松庵では、畑で収穫した全てをお客様に召し上がっていただいています。大手の蕎麦製粉会社では、収穫した蕎麦の実をランク分けして、別の蕎麦粉として販売しています。これだと同じ産地の蕎麦でも別のものになってしまいます。小松庵では、産地と収穫した年をいえば、常に同じものが出てきます。

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ワインでは昔から、産地や年代によって味わいの特徴が異なることから「テロワール」という考えがありました。小松庵は、蕎麦のテロワールをやっています。ワインみたいに、産地と生産者と収穫年ごとに区別して保存して、おいしくなるのであれば熟成を続けます。こうすると、お客様のお好みに合わせて「どこ産の何年もの」というリクエストにお応えすることができます。
これをやっている蕎麦屋さんは他にありません。バカみたいと思われていることなのかもしれません。でも、ひょっとしたら蕎麦界にとって、これがターニングポイントとなるようなすごいことなのかもしれません。そんなことを考えながら、日々蕎麦の製粉をやっています。

社長
蕎麦なんて全部一緒と思われているかもしれませんが、産地や熟成という要素を入れるとこんなにも違うという研究を続けています。孫の世代まで蕎麦の文化が残せるような、残ったことを喜んでもらえるようなものにしていきたいと考えています。
今回はご静聴、ありがとうございました。

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