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2021年9月13日 小松庵総本家 銀座 ≡ 森の時間 ≡ 講師 北東製粉株式会社 重田耕治さん

今回は、小松庵に全国各地の蕎麦の実を卸してくれている蕎麦の製粉の専門家、北東製粉の重田さんからお話を伺いました。専門家ならではの、蕎麦と製粉についての詳しいお話です。

<蕎麦はどんな植物か>

重田耕治さん(以下、重田さん)
蕎麦の一般的なお話をしたいと思います。
今回は6つのお話をします。
「蕎麦はどんな植物か」「蕎麦の産地」「蕎麦の収穫量と消費量」「全国の名物蕎麦」「黒い蕎麦・白い蕎麦について」「製粉」などです。

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まず、蕎麦という植物について話をします。
「五穀」と呼ばれるお米、麦、粟、キビ、豆など以外の穀物を雑穀と言いますが、蕎麦は雑穀の1つで重要な穀物です。蕎麦には、代表的に「普通そば」「韃靼そば」「宿根(しゅっこん)そば」の3つがあります。
「普通そば」は、一般的に食べている蕎麦で、一部は蕎麦茶に使われています。「韃靼そば」は、最近、黄色い色の蕎麦茶が売られていますが、それが韃靼そばを使った蕎麦茶です。韃靼そばは、動脈硬化に良い効果が期待されると言われる栄養成分であるルチンが普通の蕎麦の100倍近く含まれています。ただ、実がとても黄色いので、製粉すると石臼や機械が黄色くなったり、蕎麦に打っても黄色くて、茹で汁が黄色くなります。だから製粉には向かずに、お茶にするのが向いていると思います。「宿根そば」は、野生のもので実が小さくて落ちやすく、葉の部分を漢方に使われています。

「そばは七十五日」という諺があります。蕎麦は収穫までの期間が他の穀物に比べて短かいことを表現した言葉で、種を撒いて大体75日で収穫できるといいます。
米や麦は種まきから収穫まで120日くらいかかるので、蕎麦の生育期間が短いことが分かります。75日間の生育期間の中で、開花の日数はだいたい25日間と長いです。花の咲き方は一斉に咲かずに、下の方から順に咲いて、実もその順に段々と付いていきます。だから、収穫のタイミングが非常に難しいです。
収穫シーズンは北海道や東北では秋口ですが、台風のシーズンでもあるので、雨風に打たれると実が落ちて不作になります。

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蕎麦は自家受粉はしません。雌しべが雄しべより短いのが「短花柱花(たんかちゅうか)」、長いのが「長花柱花(ちょうかちゅうか)」といいますが、違う株同士でないと受粉しません。蜂やハエ類などの虫が受粉の役割を担っています。
ただ、最近は殺虫剤の影響か、気温が高すぎるといった異常気象の影響で飛んでいる虫が減っています。だから花は咲いても受粉されないまま、実の付きが悪くなっています。

<蕎麦の産地について>

重田さん
蕎麦の産地のお話をします。
蕎麦は日本特有と思われがちですが、蕎麦は世界中で栽培されています。
世界の中で収穫量の順位では、日本は毎年9位くらいです。上位の国は、中国、ロシア、ウクライナあたりで、これらの国で世界中の蕎麦の7割くらいを生産しています。中国では健康食ブームで、富裕層を中心に蕎麦を食べているようです。

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ロシアは日本より蕎麦を食べています。蕎麦の実を柔らかく煮た「カーシャ」と呼ばれるお粥状の食べ方にすることが多いです。学校給食でも食べられているメジャーなメニューです。
フランスの有名な食べ方は「ガレット」ですね。
日本の自給率は2割から3割くらいで、ロシアや中国、アメリカから輸入しています。

<日本の蕎麦の収穫量と消費量>

重田さん
日本で収穫されている量を考えてみます。
昨年の2020年は4万4800トンです。例年は3万トンなので、去年はとても豊作でした。それに対して、国内での蕎麦の消費量は例年では12、3万トンです。つまり、例年は6割くらいを輸入に頼っています。
蕎麦というと信州長野のイメージが強いのですが、実は長野の収穫量は例年は3、4位。去年はできばえがよくて2位でした。
断トツで多いのが北海道で、国内の半分くらいを収穫しています。蕎麦は、330坪で約60キロを収穫できます。広大な畑で効率よく作業できる北海道が向いています。蕎麦の産地を見ていると、米の産地と重なっているように見受けられます。これは米の減反政策や農家の方の高齢化により、水田から蕎麦への転作が進んでます。米の産地が蕎麦の産地になっているのです。

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先ほどは、蕎麦の収穫までの日数が米に比べて短いと言いましたが、収穫までの労働時間も少ないです。米は種まきから収穫まで1ヘクタールあたりの労働時間は、約23時間と言われています。それに対して、蕎麦は平均3時間くらい。基本的に蕎麦は農薬を撒きません。種を撒いたら、雑草は抜きますが、だいたい収穫までそのままです。他の農作物に比べて手間がかかりません。

米に銘柄があるように、蕎麦にもその土地に合う品種がそれぞれにあって、北海道と長野では品種が違います。北海道だと「キタワセ」「牡丹」という品種、長野だと「信濃1号」。その土地の気候にあったものを植えています。ですから、関東で育てている蕎麦がいいからと、北海道に持って行ってもうまく育ちません。

参加者からの質問
今年のできばえはどうですか?

重田さん
去年は大豊作でした。
今年は、6月下旬に種を撒き終わって、9月の頭から収穫が始まりました。ただ、今年は大旱魃でした。7月に連日35度を超えるような猛暑が続いて、7月末には雨が全く降らず、畑に地割れができてしまいました。8月のお盆くらいにはようやく雨が降って復活しましたが、昨年の4万4000トンに比べると少ないと言われています。これからどのくらい回復するかが問題です。

そもそも蕎麦は根を張らない植物で、大雨が降ると流されたり、根腐れが起きます。だから、蕎麦は丘陵地の水捌けが良く、なだらかな傾斜地で栽培するのが向いています。ただ、今年は雨がほとんど降らなかったので、なだらかな土地にある畑がよかったようです。
蕎麦の収穫は、北が一番早くて、だんだん南に移り、最後は九州で収穫されます。9月に北海道から収穫が始まり、茨城や栃木あたりは11月あたりの収穫になる予定です。これからの天候次第です。

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先ほど国内の蕎麦の消費量の12〜13万トンといいましたが、小麦粉の消費量は600万トン。蕎麦の消費量は小麦粉の約2%です。蕎麦の消費量をもっと増やすために、蕎麦を麺で食べる以外の食べ方が広がればと思っています。
ただ、蕎麦にはアレルギーの問題があります。以前は、学校の給食で蕎麦も提供されていたようですが、今はアレルギーの問題がありますので取り扱われなくなりました。アレルギーの成分が低減した品種改良も徐々に進んでいます。そうしたら、もう少し需要が高まるかなと期待しています。

<全国の「名物蕎麦」のお話>

重田さん
縄文時代から蕎麦はありました。
当初は雑炊のような形で食べていましたが、うどんのように麺の形になりました。蕎麦を食べる文化が広がったのは江戸時代です。そのころは食生活が豊かになって、同時に脚気になる人も増えましたが、蕎麦を食べると脚気にならないといわれて、蕎麦文化が広がるきっかけになったようです。

東京の蕎麦も有名ですが、全国の「名物蕎麦」もあります。
「名物蕎麦」と呼ばれるものには、地方独特の食べ方の蕎麦もありますし、蕎麦のつなぎとしてその地方ならではの材料を使ったものが「名物蕎麦」として受け継がれていることもあります。つなぎというのは、蕎麦粉十割の蕎麦切りを打つのは難しいので、麺を加工しやすくするために加えるものです。小麦粉が取れる地域では小麦粉を入れていますが、小麦粉が取れない地域ではその土地で取れるものを代用品としてつなぎにしてそばを打っていました。

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例えば、北海道では昆布をつなぎにした「昆布そば」。青森では大豆を粉にして大豆タンパクをつなぎにした「津軽そば」。新潟ではフノリをつなぎにした「へぎそば」。鹿児島では、自然薯を擦ったものをつなぎにした「薩摩そば」などがあります。

<黒い蕎麦&白い蕎麦について>

重田さん
蕎麦を食べると健康が保てるという印象をもたれています。
ここに蕎麦の実を切った、縦と横の断面図があります。1番の外側は黒いそば殻です。昔は枕によく使われていましたね。

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そば殻の内側に緑色の甘皮があります。その内側に白い胚乳があって、胚乳の中にS字形の胚芽が入っています。お米や小麦と一番違うのが、この胚芽が入っている場所です。米の場合、外側に付いています。蕎麦は実の真ん中に入っています。
胚乳は真っ白い部分で、更科ソバは胚乳を中心に製粉した蕎麦粉を使っています。胚乳は澱粉質で、他の穀物に比べると糖化温度が低く、消化吸収に良いと言われています。黒い蕎麦と白い蕎麦を食べた場合、黒い蕎麦は外の皮成分も一緒に製粉した蕎麦粉で作られているので食物繊維も多くて腹持ちが良いです。白い蕎麦は、内側の胚乳成分の多い蕎麦粉で作られていますので、消化は良いけれどビタミンやルチンは少なくなります。

<製粉について>

重田さん
産地から取り寄せた蕎麦の実は、ゴミを除いたり、皮を取ったあとに、製粉します。
製粉する方法は、石臼を使った「石臼製粉」とロール機を使った「ロール製粉」があります。石臼製粉は、石臼を回してその間で粉にします。ロール製粉は小麦粉を製粉するのと同じ機械を使います。
石臼製粉は、石臼の中に蕎麦が入ったら、ぐるぐる回って、石と石の面に挽かれて粉になります。
ロール製粉の場合は、ロール機の円柱状のロール同士が合わさったところに溝と刃があって、そこに入り込んだ蕎麦の実が潰されて、それを繰り返して粉状にします。
石臼製粉では、1時間で1キロから3キロくらいしか粉にできませんが、ロール製粉は1時間で多いときには1000キロも粉にできます。粉にするやり方が違うので、石臼とロールは粉の粒子の状態や風味も異なります。
石臼はゆっくり挽くので熱もかからず、水分も風味も飛びません。粒のサイズがまちまちで、蕎麦にして食べたときにもっちりした歯応えがあります。
ロール製粉は、粒子も均一で、蕎麦にして食べたときに歯切れがいいシャキシャキした歯応えになります。このように製粉の方法で、食べたときの歯応えが違います。

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「玄蕎麦(げんそば)」というのは殻がついた状態の蕎麦の実をいいます。米で言えば「玄米」です。これを仕入れて、殻付きの玄蕎麦のまま引く場合もあります。そうすると、黒い蕎麦の「田舎蕎麦」になります。
普通は殻をとって、緑色の蕎麦の実の状態にします。これを「丸抜き」と言います。

蕎麦の実は、外側が一番硬くて、内側になるほど柔らかくなります。
ロール製粉にかけると、最初に三角形の蕎麦の実がパカっと分かれて真ん中の一番柔らかい胚乳の部分が出てきます。それを振って取れた粉を「一番粉(いちばんこ)」と呼びます。
落ちたものをもう一度ロールにかけると、次に柔らかい部分が粉になります。胚乳と胚芽が混ざったものです。それが「2番粉(にばんこ)」。
さらに製粉を続けると、外側の部分も挽くことができます。甘皮も混ざった部分です。それが「3番粉(さんばんこ)」。
外側になるほど、色も黒くなっていきます。

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一般的には、ロール製粉でしか一番粉、二番粉という言い方はしませんが、石臼でも石臼同士の隙間の幅を調節することで同じように、内側から順に挽くことが可能です。手で挽くような石臼は隙間が大きいので、荒い粉になります。粉が荒いと、ボソボソした麺になります。石臼は1台ずつ異なるし、その日によって具合も変わると言われています。

今回のお話は以上になります。
このような話はあくまでも雑学なので、頭の片隅にでも置いておいて、今後もおいしく蕎麦を食べていただければと思います。ご静聴ありがとうございました。(記事中の資料は、北東製粉株式会社様からお借りしました)

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