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アジア紀行~ベトナム・ホーチミン④~

不思議島に上陸

「ぼったくらないバイクタクシーのニャンさん」の提案に乗って、ついにメコンデルタ・個人ツアーに出発・・・というのが前回でした。

ぼったくらないバイクタクシーのニャンさんと、暴走ドライバーのチャールズ・ブロンソン氏と、そして私の3人は、やし飴(ココナッツ・キャンディー)作りの工場をあとにして、再び船に乗って次の目的地に向かった。
もっとも、「目的地」といっても、私にはこの船がどこへ向かい、このツアー全体がどんなものなのか、まったくわからない。なるがままのミステリー・ツアーなのだ。

再びジャングルクルーズが始まった。ティンホン川という名の狭い支流を少し下ったところで再上陸する。さきほどの島との位置関係はまったくわからない。支流をはさんだ隣の島なのだろうか。
訪れた所は不思議な場所だった。
船着き場から陸地に上がると、こんな所に小さなホテルのような建物がある。庭には美しく木々が植えられ、バイクも駐まっている。庭の一角には、オープンエアーのレストランがある。従業員らしき若い女性が7~8人もいるが、客らしい人は見当たらない。
ここで遅い昼食となった。ニャンさんたちは、どこか別の場所で食べるようだ。
料理には、この辺りでは有名な「象耳魚(カー・タイ・トゥオン)」の唐揚げとゆでた「車エビ」が出てきた。
横に座ったチャーミングな女性が、象耳魚の身をとってくれる。それをライスペーパーの上に香草・はるさめ・スライスしたパイナップルなどといっしょにのせて、くるくる巻いて渡してくれる。それをヌクマムにつけて食べる。

象耳魚は、見かけによらず淡泊な味である。
エビも殻をむいて皿にのせてくれる。こちらは塩胡椒をつけて食べる。
一人ではとても食べきれない。
しかしそんなことより、言葉は通じないが、美しく若い女性にかしずかれているようで、妙な気分だ。ニャンさんからは何も聞いていないし、彼らがいまどこにいるのかも分からない。
目の前で、ほっそりしたきれいな指で、ライスペーパーが巻かれ、エビがむかれていく。ライチのような果物も皮をむいて渡してくれる。
2本目の缶ビール「333(バーバーバー)」を空けて気持ちよくなる。
食事が終わった後、しばらくハンモックに横たわる。
いったい、ここはどこなんだろう?

どこからかニャンさんが現れて、1時間だけカラオケをしようと誘ってきた。
カラオケ?
ますます訳が分からない。こんなところでカラオケだって?
しかし、本当にカラオケがあった。すぐそばの建物の中に入ると、ガランとした部屋にソファとカラオケセットが置いてある。そこには「上を向いて歩こう」や「襟裳岬」など、よく知っている日本の曲もある。なんと「いとしのエリー」など、サザンの曲もあった。
ニャンさんと2人で順番に歌うが、ここでも若い女性が横に座ってカラオケの操作をしてくれる。ベトナムの歌はさっぱりわからないが、みんな楽しそうだ。
ちょっぴり竜宮城にでもやって来たような気分になるが、へたをすると浦島太郎のように帰れなくなる。要するに、ここは「怪しい島」なのだ!
日暮れが近づいてきたので、帰りたくなさそうなニャンさんを急かして、おそらく二度と来ることのない「不思議の島」を離れることにする。

置き去りにされた青年

この時、どこからか、一人の日本人の青年が現れた。我々がこの島で過ごしていた数時間、彼はどこにいたのだろうか。島の女性に見送られて、青年は我々の船に一緒に乗り込むことになった。
船の中で話を聞くと、彼は東京から一人でベトナムに旅行に来たという学生だった。やはりガイドに案内されてこの島にやって来たが、そのガイドがお金を受け取ったあと、彼を残して姿を消してしまったというのだ。
取り残された彼は、しかたなくこの島で2泊し、我々の登場でやっとホーチミンにもどれることになったわけである。
彼は私以上に、この島で不思議な体験をしたことになる。
ニャンさんに置き去りにされなくてよかった・・・。もっとも、まだ料金をはらってはいないが。

船から日没を見る。
黄金色の太陽がこの日最後の光をメコンに映している。ミルクティーのような色の川面も、この時ばかりは美しく輝いていた。

「ココナッツ教団」という、かつてあった奇妙な宗教の島に立ち寄る。
ほとんど真っ暗で、島に残る不思議な建築物の様子もあまりわからなかったが、ニャンさんに言わせると、えらい教祖様が造ったそうだ。

ミトーから、再びブロンソン氏の凶暴運転に恐れをなしながら、後部座席で青年と話をする。
なんと彼は今晩の飛行機に乗って帰国することになっているそうだ。我々があの島に行かなかったら、今頃彼はどうなっていたのだろうか!
ホーチミンに到着して、私とニャンさんの2人が車を降りた後、彼はブロンソン氏の車でそのまま空港へ向かった。

時刻はもう夜の8時半になった。サイゴン川沿いの広場で、ニャンさんと2人、サイゴンビールを飲みながら、屋台の焼きそばを食べる。
ベトナムのこと、この町のこと、家族のことなど、夜が更けるまで話をする。

1日80ドルのメコンデルタ・ツアーは、果たして高かったのだろうか、安かったのだろうか。
ずっと後になって知ったことだが、「ホーチミンのバイクタクシーのニャンさん」の馴れ馴れしい日本語にだまされて、苦い思いをした旅行客もいたらしい。しかし、私は彼と出会ったおかげで、ちょっと面白い体験ができたことは確かだ。
ニャンさん、今でもホーチミンでバイタクの運転をしているのだろうか。

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