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年齢を重ねるということ

現代の少女達は、若さだけが人生で最も重要な価値があるもので、「オバサン」と呼ばれるようになったらもう死んだ方がマシ。と言うのは過言ではないと思う概念が蔓延しているように感じる。

じゃあ、若さを失った女は死ぬしかないの?
その考え方って、自分で自分の首絞めてるんじゃないの?あなたも歳とるんだよ?

と疑問符だらけ。

わたしは、というか、わたしが生まれた時代というべきかはわからないが、わたしは、早く大人に、一人の成熟した女性になりたかった。

憧れた女性は、「キャッツアイ」の泪姉であり(歳が微妙にバレる)、「ルパン三世」の不二子ちゃん。

大人になったら、とにかく胸が大きくて、ナイスバディの女性にいつかはわたしもなれるものだという想いは、信じて疑わなかった。

まあ、実際そんな魅力的で色気のある女になれなかった訳だが。

でも、わたしは自身が若い頃から、「若い」ことに対して、価値があると思ったことが殆どない。

見た目のカラダや顔の皮ふの張り感、エネルギッシュな行動と、若さゆえにできた事も確かにあるが、それらにあまり未練はない。

それよりも、精神の成長による、精神的な苦痛が歳を追うごとに和らいでいる事がなによりも嬉しい。

もう、それが一番いい。

いままで、とても生きづらかった理由が、段々と分かってきて、それらに対処する方法が解ったことが大きいと思う。

ざっくりまとめてみると、わたしという人間は自己肯定力が低くて、わたしの両親は今でいう毒親かもしれなくて、それが原因なのか、承認欲求が強くて、それから自己顕示欲も強くって、アダルトチルドレンで、グレーゾーンがあんまりなくって、それに加えて双極性障害による気分障害があって、どうしようもなくマイナス思考の癖がついていて、友達に対して過剰とも言える幻想を持っていたことがあったし、今やっと注目されてきたHSPで、だからロングスリーパーなのかもしれない…

というように自己分析をして、自分を客観的に見ることができるようになったことで、自分自身に非常に大きな存在意義を感じれるようになった。

ということが大変重要で、これは、一朝一夕で気付くことはできなくて、色々な経験をして、知識を蓄えた結果、年齢を重ねたからこそそう言った精神的に安楽の境地に辿り着いたという思いが強い。

今まで、生きづらい、辛過ぎる、と思っていたことに、なんらかの要因をみつけ、自分の症状がカテゴライズされることで、「それだから苦しかったんだ!」という理由付けをすることができるようになり、現在やっと生きるよすがを見つけられるようになった。

常に今が一番成長していて、生きやすくなった。それがすごく幸せだと思っているからこそ、若さにそんなに魅力を感じない。

外見は日々老いていくけれど、内面は常にアップデートされていて、わたしは毎日とても新鮮な気分で生きているのだ!


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