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国際貿易102年の会社の歴史

ミニカー&エアプレーンモデル、そして『プルプラ』の国際貿易(@KOKUSAIBOEKI)の鳥谷部です。

今回は今年102周年を迎えた国際貿易の歴史について、社史や当時のカタログなどを参考文献とし、書いていきます。


大正時代

1918年(大正7年6月)に國際貿易は、赤坂区田町に井上清太郎の手によって設立されます。

井上清太郎

創業当時は、スポンジ、ボールを中心にゴム製雑貨を取り扱う企業としてスタートしました。

ちなみに創業した年を見ると、松下幸之助氏によって設立された松下電器器具製作所(現パナソニック)もこの年に創業です。

第一次世界大戦の時期にあたり、日本が工業国として発展し、貿易の黒字が拡大し始めた時期でもありました。


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大正7年 赤坂区田町創業当時の社屋


1920年(大正9年)には、日本橋区鉄砲町に営業所を移転。セルロイド製の化粧品容器、文房具類の取扱いを開始し、1922年(大正11年)に合資会社となります。

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大正9年 日本橋区鉄砲町時代の社屋


業績を伸ばしていく中、関東大震災により社屋が焼失…しかし、すぐに仮営業所を設け営業を再開したと資料には記されています。


…このペースで書いていくと3部作になってしまいそうなので、ペースを上げていきます。なんてったって102年ですから。(もし詳しく知りたいという方がいらっしゃるようでしたら、今後掲載するかもしれません)


昭和時代

昭和に入ると國際貿易は、市場を世界へと拡大していきます。各国の見本市に参加し、北米やカナダ、東南アジアなどに毎年社員を出張させ、精力的に販路を拡大します。昭和時代のカタログを見ると、知育玩具やファッション文具、楽器系玩具がとても充実しておりました。

そして1937年(昭和12年)、組織を変更し、株式会社 國際貿易として新たなスタートを切ります。

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昭和12年 日本橋両国時代の社屋


業績を伸ばしていく中、第二次大戦により、またしても社屋が焼失…しかし、すぐに仮営業所を設けて営業を再開。

1952年(昭和27年)、旧焼跡に社屋を新築した頃、セルロイド製品の不燃化※の一環として、硬質塩化ビニール製品の生産に成功。これが国内玩具部を立ち上げるきっかけとなります。

※セルロイド製品は、のちに発火の危険性から玩具への使用が規制された。

翌1953年(昭和28年)には、ソフトビニール製品の生産に成功。我が国に於ける最初のソフビ人形を発売し、これが北米向け輸出品としてヒット。

というか、日本初のソフビ人形を作っていたことに驚きました。正確な人形の資料がなく、どんな物だったのかお見せできないのが残念です。


ディズニーライセンス

国内外で着実に評価を高めていった國際貿易は、1956年(昭和31年)に、ウォルトディズニーエンタープライズの版権を日本の第一号として取得。リズム楽器やリュックサックなどファッション文具を手掛けました。

ディズニー


リュックサック

当時のカタログより抜粋 デザインが懐かしすぎる


1983年(昭和58年)に東京ディズニーランドが開園してからは、ディズニーランドへ商品の納入が開始されます。


バービー人形

さらに、昭和時代の大きな出来事としては、1957年(昭和32年)、米国マテル社より、ある人形を作ってほしいとの依頼が舞い込みます。

それは…  バービー人形でした。

この話をすると驚かれる方も多いのですが、実は弊社が最初のバービー人形の開発、生産、輸出を手掛けているんですね。

社史には、当時、マテル社からのバービー人形のクオリティに対する注文は非常に高度なもので、商品化はかなり難航したと記されています。その甲斐あって1959年の発売当初こそ苦戦したものの、バービー人形は米国、欧州で爆発的に売れました。

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その数年後には、日本国内での販売も開始。期待されたのですが、容姿などの問題で日本ではなかなか受け入れられず…

景気の後退期ということや、あのリカという女の子の人形が現れた影響もあり… 私たちの手を離れることになりました。

私が入社した頃には、バービー人形の生産は終了していたのですが、倉庫にバービー人形用のとてもキレイな布素材が、秘伝の巻物のように大量にストックされてあったのを記憶しています。


1967年(昭和42年)江東区亀戸に本社を新築

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8階建てのビルを新築し、旧社屋をショールームに改装

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ショールームの各フロアには、世界中の文具や玩具が並んでいた


ケービー玩具

ここから昭和時代に國際貿易の取り扱ってきた商品の中から印象的な商品をザーッとご紹介していきたいと思います。団塊の世代と呼ばれる先輩方には、懐かしい商品もあるかもしれません。

1958年(昭和33年) 日本でも大流行 フラフープ

1962年(昭和39年)英国王室御用達 万年筆パーカー

同年 輸入ミニチュアカー コーギー、リオ、ディンキーなど

1963年(昭和40年) Nゲージの先駆者 鉄道模型 アーノルド

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1971年(昭和46年) 小麦から生まれた粘土 パタンタ

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1972年(昭和47年) 七色の音色 ドレミファベル

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1974年(昭和49年) みんな大好き ジグソーパズル

1975年(昭和50年) レトロなミッキー ディズニーグランドピアノ

1976年(昭和51年) モデルカーの取り扱いブランドを世界各地から増やし、50ブランドを超えるブランドを展開

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1980年(昭和55年) カエルが歌うよ ケロちゃんコーラス


などなど、もちろんここに書かれていない商品もたくさんあります。國際貿易は、早くから会社のロゴでも表しているように、Kケー(國際)Bビー(貿易)と呼ばれ、ケービーの知育玩具、ケービーのリズム玩具といった形で、商品を展開していくのです。

このケービーロゴに関しては、ケチで貧乏に輪が掛かっていると社内外で揶揄されることもありましたが、今ではキミとボクの輪(和)を大事にする企業として現在に至っております。

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こちらが噂のケービーロゴです


1986年(昭和61年)には、葛飾区四つ木に本社が移転され現在の場所へ


平成時代そして令和へ

1989年(平成元年)、この頃から徐々に進んでいた日本の少子化が厳しい問題となり始めます。国際貿易にも例外ではなく、少しずつ影響を受け始め、各地にあった営業所を徐々に閉鎖することに…

さらにネットの普及や子どものおもちゃの変化、大型店舗の日本進出などにより、町の小さなおもちゃ屋さんが減少・・・問屋との取引を中心としていた販売部と商品部が一緒になりキャラクター部として再スタートを切ることになるのです。

そんな中でもスヌーピーの積み木シリーズや、夏物の浮き輪など時代の変化に対応しながら、新商品を開発、生産していきました。

個人的に思い入れのあるのは、スヌーピーのジャンボフロート(スヌーピーの全身の形をした浮き具)ですね。私は前職はスポーツ店勤務でしたので、夏場はスヌーピーのジャンボフロートを膨らませて、天井から吊るすとよく売れました。

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全長150cmもあったので、膨らませるのと空気を抜いて畳むのには苦労しましたが・・・


モデルカー事業においては、大人の趣向品として認知の拡がり、F1ブームの勢いに乗り、世界各地のブランドの取り扱いを拡大、業績を残し、会社の新たな柱となっていくのです。

1990年以降は企業の知的財産権の意識向上により、それまで一部の自動車メーカーを除き、許可なく商品化が出来ていた状態から、自動車メーカー、レーシングチームなどの許可がないと商品化が出来なくなり、こちらも時代の変化に対応を求められた時代でもありました。


2008年(平成20年)リーマンショックによる日本経済の大幅な後退の影響もあり、長年、会社を牽引してきたキャラクター部を廃止。これは国際貿易に取って非常にショックな出来事となりました。

しかし悲しんでばかりはいられません。

2010年(平成22年)頃からは、モデルカー、モデルエアプレーンの各ブランドの特色を活かし、様々なKBモデルシリーズを生産、販売。たくさんの企業のOEM商品も手掛けました。


2015年(平成27年)になると、海から空(深海から宇宙)までの、のりものを作りをコンセプトに、先ずは自衛隊関連商品の開発に着手。ブルーインパルス、戦車などのプルバックトイが開発され、他にも日本の伝統技法の彫金を使用したステッカー、マグネット類、キャラクター部時代の経験を活かし、ぬいぐるみなどを生産。自衛隊各地のイベントなどに商品が並ぶようになりました。

プルバック


そして、2020年(令和2年) プルプラ 鉄道シリーズを発売。

プルプラ3台並び


プルプラを作ることになった経緯や想い、マル秘な開発秘話に関しては、こちらの記事からご覧いただけます。


長々と国際貿易102年の歴史について書き連ねてきましたが、いかがだったでしょうか。これが私たち国際貿易の歴史です。

度重なる社屋の消失や、不景気の煽りを受けるなど、決して順風満帆とは言えない会社の歴史ではありますが、何度も苦難に立ち向かい乗り越えてきた先人達のお陰で今の国際貿易はあります。

そこには、幼児から成人までの幅広い層に喜びと夢を与え、社会に貢献するという創業当時からの強い理念がありました。

これからの100年はそこに「遊・楽・創」のアイデアを加えて、世界中の皆さんが笑顔になるような商品をお届けしたいと思います。


あ、途中で國際貿易から国際貿易に漢字が変化しているのですが、お気付きになりました?会社の登録を國の字から国の字へ変更したんですね。お時間がある方は、どこから変わったのか記事を読み返してみてください。(また時間がある時に、この経緯もお伝えできればと思います。)


どこかでKBのロゴマークの商品を手にする機会があったら、この記事のことを思い出してもらえれば、私も嬉しいです。それこそ、キミとボクの輪が繋がる瞬間ですね。(KBのロゴマークのように...)



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おもちゃ作家の佐藤蕗さんに、プルプラの遊び方を考えていただきました!


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