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嘘つきジェンガ【読書記録#9】

2022年8月刊行、辻村深月さんの小説です。

「詐欺」にまつわる短編が3つ収録されています。

お話によって、だます側だったりだまされる側だったりします。

詐欺って絶対ダメなことなのに、どうしてそこに至ってしまったんだろう、っていう人物の状況や心理が、読んでいておもしろかったです。

内容紹介

詐欺」に関する短編、各タイトルはこんな感じ。

・2020年のロマンス詐欺
・五年目の受験詐欺
・あの人のサロン詐欺

それぞれ男子大学生、主婦、無職の女性が主人公です。

「それ、ぜったい詐欺じゃん!」とすぐわかるようなことでも、そこに至ってしまう背景や心理があって、読んでいて「そっかぁ、そうだよなぁ…」っていう気持ちになりました。

全3話に共通する「孤独感」

収録されている短編3つに話のつながりはありません。

でも、共通していることがあるなと思って。

それが、孤独感

頼る人がいなくなった瞬間、だましたりだまされたりすることになってしまうような気がします。

1話ずつ、書いていきますね。

2020年のロマンス詐欺

主人公は、加賀耀太(かがようた)。

2020年に山形から上京してきた、大学1年生。

2020年といえば、コロナの影響が色濃くあったころ。

緊急事態宣言も出されていて、大学もリモートになったり休校になったりで思い描いていた東京生活は叶わず。

飲食店を経営している実家の仕送りも少なく、耀太はアルバイトを探します。

でも、コロナの影響で採用されず。

困っていたところ、友人からある「バイト」を紹介されるのですが…、というお話です。

私的に響いたのは、物語の序盤。

東京でアルバイトの面接を受けているシーンです。

耀太が「実家で飲食店をしている両親の仕事が大変で、仕送りも期待できないからバイトをする必要がある」と伝えたところ、面接官にこう言われます。

でも、学費は出してもらってるんでしょ?

その他にも、パソコンにスマホ、下宿代。

いくらかは、親の支援がある。

一方、学費すら出してもらえない子も世の中にはいるわけで。

だから、仕送りをアテにしないで働くのは当たり前。

「恵まれている方だよ。」

個人的にこの言葉が刺さりました。

そうは言ってもさ、と。

周りから見れば確かに「恵まれている」のかもしれませんが、実際本人は困っているわけです。

困っているかどうかって、周りと比べてどうこうじゃないんですよね。

でも、それを理解してもらえない辛さ、孤独感

結局そこでは雇ってもらえず、耀太は詐欺に加担することになってしまうわけです。

実家やアルバイト先など、頼る人がいなくなる瞬間、人の心は弱くなってしまうのだと思います。

五年目の受験詐欺

主人公は、風間多佳子(かざまたかこ)。

夫、大学生の長男(成績優秀で京都の国立大に通っている)、高校2年生の次男の4人家族です。

問題は、次男の中学受験のときに起こりました。

兄ほど優秀ではない次男の中学受験。

プレッシャーの中、ある塾に口利き料のような形で100万円を支払ってしまうんです。

このお話の主人公も、孤独です。

まず、子どもの教育について一番相談できるはずの夫が耳を貸してくれません。

子どもたちのことは多佳子が一手に担っています。

塾の件について「一緒に話を聞きに行ってよ」とお願いしても聞き入れられません。

夫は「あやしい」と言うだけで実際に動くことはありませんでした。

もし本当に話を聞きに行っていれば、あんなことにはならなかったのではないかなぁと思います。

あの人のサロン詐欺

無職の主人公、紡(つむぎ)。

両親の反対を押し切ってアニメなどのシナリオを学ぶ専門学校に進んだのですが、その後うまくいかず、実家暮らしです。

父は役所勤め、母は専業主婦です。

紡には大好きな作品がありました。

ツイッターでぽつぽつと作品に関することをつぶやいていたところ、「もしかして、本人ですか?」とDMが来ます。

表舞台に立つことのない、謎に包まれた作者。

紬は、その作者になりすまして、サロンを開くようになります。

会費も取って。

紡の「孤独感」は、両親からの無理解によるものかなと思います。

父親は、専門学校への進学を許してはくれたものの「自分の娘がそんな道に進むとは思っていなかった」と発言しています。

母親は、結婚して子どもを産んで、命をつないで幸せになってほしい、という意味を込めて「紡」という名前をつけています。(結婚して子どもを産むだけが幸せなんて、と、紡は自分の名前の由来を疎ましく思っています)

親は子どもに幸せになってほしいけれど、親が思う幸せってどうしても杓子定規で押し付け感が出てしまうというか。

子どもの進路を心配する気持ちもわからないではないのですが、もう少し寄り添うというか理解してあげてもよかったのになぁと思ってしまいます。

あと、「孤独感」から離れてはしまいますが、個人的には物語のその後が気になって仕方がないです。

なりすましをしていたオンラインサロンはどう落とし前をつけたのか?
主人公のその後の人生は?
両親との関係は?
オンラインサロンで懇意にしていた人との進展は?それとも、別の人と?

でも、それは「書かないことで描けた部分」なのかもしれません。
(「書かないことで描けた部分」っていうのは物語の中で出てきた表現です)

詐欺に関する全3話

だます側、だまされる側両面について書かれている物語です。

「自分だけはひっかからない」と思っていても、気づけばドツボにハマってしまっているのが詐欺。

だます方も、だまされる方も、そこから抜け出すのって難しい。

それに、抜け出した後の生活も、なかなかに難しい。

詐欺はダメなこと、とわかっていても、そこに至ってしまうまでの状況や心の動きが魅力的な小説でした。

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