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気候変動の罠(5)世界を飲み込む欧州の戦略

 気候変動が21世紀最大の地球環境問題として,ほぼ世界共通の理解を得られた背景には,欧州(EU)のグローバルリーダーへの復権をかけた戦略があることを指摘してきました。

 しかし,そこでの一番の目的は気候変動の防止,すなわち脱炭素ではなく,化石燃料に依存しない社会システムへの転換であり,結果として,気候変動がもし正しければ,それも防止されるという構図になっていることを説明してきました。このことは,EUの環境政策を見れば,恐ろしいほどよく分かります。

 欧州の環境戦略の基本は,2019年11月にEUが発表したThe European Green Deal(欧州グリーンディール)にまとめられています。タイトルに,トランプ前米大統領が好きだった「ディール」(取引)が入っていることからも,純粋な環境戦略ではないことが分かります。

 「欧州グリーンディール」は,単なる脱炭素や環境に特化した政策ではなく,「現代的資源効率の高く競争力のある経済と公正で繁栄した社会へ変革していくことを目指した成長戦略である」と明記しています。つまり,環境戦略ではなく,成長戦略なのです。しかも,EUの政策は「公正かつ包括的(just and inclusive)」であることが,何度も強調されているように社会全体の成長戦略であり,そのための改革案です。

 そのことを象徴するのが,2021年から2030年までの間に1兆ユーロを投じる計画の「欧州グリーンディール投資計画」のなかに,「公正な移行メカニズム」の基金設立を盛り込み,化石燃料に依存している国や地域が,その依存から移行するプロセスを支援する仕組みを作っていることです。このことは,欧州の目的が単なる脱炭素ではなく,社会システムの転換であることをはっきり示しています。

 これに対して,日本の環境戦略も経済成長を目指すとされていますが,その成長は脱炭素政策周辺の部分的な領域にとどまり,そのプラスとマイナスの波及効果にまで目配りが十分にできていません。したがって,社会全体がそれで成長するのか,衰退するのか,道筋が分からないので,このままではEUに対する勝ち目はありません。

 さらに欧州がすごいのは,このような社会システムの転換は,EU域内だけで達成できるわけはないので,民間経済を巻き込む仕掛けを同時に進めていることです。その中でも特に重視するのがファイナンスでお金の流れの中に環境の意識を盛り込む実務と制度づくりに非常に熱心です。

 その中でも、ESG投資はそのための非常に重要な手段になります。ESGは,Environment, Society, Governanceの略称で,財務的な利益だけではなく,環境や社会そしてガバナンスの要素を考慮して行う投資のことです。ESG投資は,日本も含めて,世界的にますます盛んになりつつあります。新聞で見出しを見られたことのある方も多くおられることでしょう。

 日本では,ESG投資を投資の際に環境や社会の要素を考慮するくらいに簡単に考えている人が多いでしょうが,欧州ではそうではありません。政府,金融機関,事業会社が,資金を投下するときに,常に環境を意識せざるを得ないような制度が着々と進んでいるのです。

 その代表的な手段が「EUタクソノミー」です。「タクソノミー」とは「分類方法」という意味で,「EUタクソノミー」は,事業活動を,どの程度環境や脱炭素に適合しているかで分類する方法のことです。この方法が確立されると,脱炭素へ向けた事業活動が明確になるので,ESG投資だけでなく、グリーンファイナンスでやサステナブルファイナンスと呼ばれる金融が実質化していくことが予想されます。

 「欧州グリーンディール」は,EU域内の政策ですが,民間経済には国境がありませんから,ESG投資やグリーンファイナンスが拡張し,実質化して行くならば,資金の流れを通じて,欧州の政策を世界に波及していくことが可能になるのです。したがって,日本の企業も投資対象ですから,ESG情報開示の強化が求められるようになって、慌てているのです。

 「欧州グリーンディール」では,「グローバルリーダーとしてのEU」という節を設けて,「EUは世界最大の単一市場として,世界のバリューチェーン全体に適用される基準を設定できます」と宣言しています。

 自由主義経済における基準は,実際に経済をコントロールする手段ですから,その基準作りをする力を持つということは,そのままグローバル経済の支配につながります。実際,脱炭素を目指した目標の基準も欧州のリーダーシップに引きずられて上方修正が続いているのです。

 このような現状を前にして,日本の政策は,脱炭素の具体的な目標数値にばかり目が行って,社会全体の視点が欠落しています。相手は面で動いているのに,こちらが点や線で考えていては,全く太刀打ちできず,このままでは飲み込まれるのを待つしかありません。

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