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過去の経験を咀嚼すること、自分の中に落とし込むこと

ついに4月になりました。今週はイースター休みで大学の授業がないのですが移動規制もあるので、大人しくたまに大学院の課題とTFM(修士論文)を書きながら大体はグダグダしながら過ごしています。暇なのでいろんなことを考えているのですが、その一つを書きたいと思います。先日、昔通っていた大学受験の予備校で高校生に向けたキャリアセミナーにオンラインで参加させてもらいました。2年前にスペインに来る直前にも登壇させてもらったことがあるのですが、今年はオンライン開催となりまた声をかけてもらいました。

前回の参加した後にも、なんだかあまり思っていることを上手に伝えられなかったなあと思ったのですが、今回もまたうまく伝えられずに終わり、セミナーからもう2週間くらい経ちますが、私のまとまらない話を聞いて高校生たちに何か得があったのだろうかといまだに考えてしまいます。自分なりに、前回も今回も、何でうまく話せなかったのだろうとずっと考えていたのですが、さっきシャワーを浴びながらまた考えていたら、何となくわかりました。多分、自分はまだ社会人生活という経験を自分の中で咀嚼できていないし、それを言葉にできる状態として経験を飲み込めていないのだろうな、と思いました。

経験を咀嚼する、という感覚は、高校生の時に1年間デンマークに留学をしたときの経験と、その後にあの留学は自分にとってどういう意味があったんだろうと考えるプロセスの中で感じたことでもあります。15歳の留学の経験は自分にとってはとても大きな経験で、その時はそれなりに辛いこともたくさんあったし、自分の失敗だったり、こうすれば良かった、ということを上手く認められなくて、留学が終わった時には、言葉にすることはもちろん、その経験をすぐに振り返ることもできませんでした。大学生になり、同じ留学団体の後輩たちである高校生に向けて留学準備の支援のボランティアをすることになり、同じく留学に行った仲間たちと話したり、高校生たちにアドバイスをする中で、自分の中でその経験を何度も反芻しながら、何を学んでどういう意味があったのか、言語化もしながら何度も何度も考えました。そして、その後に大学4年生の時にまたデンマークに留学し、同じホストファミリーの元で過ごさせてもらい、そこでようやく高校生の時に自分にいかに色々なことをしてもらったかを気付けたり。10年くらいかけて、高校の時の1年間に向き合い、ようやく自分の中に落とし込むことができました。

社会人になって留学するまでの2年少しの時間は、何も分からないところから始まり、楽しいことも勉強もたくさんさせてもらったけど、戸惑うことや辛いことも色々ありました。留学直前の2年前に参加したキャリアセミナー時はもちろん、今回も、この留学中に社会人になってからのことをたくさん振り返ったけれど、まだまだ自分の中に落とし込めていないのだな、と思いました。きっとまだ経験をちゃんと直視できていないし、そこから何を学んだかを言語化する機会もあまりなかったので、上手く咀嚼できていないのだろうと思います。夏からまた勤務に戻る予定なので、その後でもまた何か考えることもあるのだと思います。

キラキラした目をした高校生たちから、やりがいは?とか、仕事をする上で軸としているものは何ですか?とか聞かれても、いやあまだ自分でもそんなことわからないようなあ、、と思い戸惑いながら断言できずにモゴモゴ私が話しているのに対して、同じキャリアセミナーにいた他の社会人の方たちが、自分の仕事に誇りを持ってハキハキ紹介している様子がとっても輝いて見えました。社会に出ると、愚痴を言ったり悪口を言っている人は多いけれど、パッションを持って働いている人って、やっぱりキラキラしているしかっこいいですよね。何だか自分は、高校生の頃になりたかった大人になれているのか、少なくてもキラキラは見えていないんだろうなあと少し落ち込みました。

大学への進学を前にした高校生たちに対して、夢が明確にある人や小さい頃からの夢を叶えた人も立派だなあと思いますが、途中で夢が変わること、自分のプランが思い通りにいかないことは何も悪いことじゃない、ってことを伝えたかったのですが、私の下手な物言いで伝わったのかは微妙です。あんまり上手くは話せなかったけれど、過去について、将来について、色々考えさせられるいい機会になりました。



記事を読んでいただきありがとうございます!日々の中で感じたこと、考えたことをつらつらと書きとめていきたいと思います。