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【連載】家族会議『子供の当たり前の権利』
「親戚で一番幸せな家族になろうよ」のひと言から始まったわが家の家族会議。その様子を、録音記録をもとに書き記しています。
前回の記事はこちら。
【家族構成】
父:自己愛性パーソナリティ障害。頭に血が上ると大声で威圧する。
母:自己肯定感が低い。自分の意見を言えない。
姉:うつサバイバー。心理カウンセラーをしている。
わたし:性犯罪サバイバー。家族会議を主導する。
※遠方に住む姉は家族会議には参加していない。
※家族会議の目的は、夫婦仲の改善と、うつを抱える姉の気持ちをわかってあげられるようになることである。
家族会議8日目#6|子供の当たり前の権利
――父と母の不毛なやりとりが続き、母がぽつり。
母:
なんか、今の話の感じがあんまりいい感じしないな、気持ち的に。
父:
だからなんていうんかな、おじいちゃんのヒントはいただいたんだけども、やっぱりなんかね、お互いに何かあるんだよ。お互いに根深いものが。そんな気がする。お互いがそこを改善しないと2年生にはなれないね。
――おじいちゃん(母の父親)の話からいただいたヒントとは、「人に指摘するときも、やんわりと注意していた」ということである。
父は、自分のコミュニケーション力が「小学校1年生レベル」だといい、それは母も同じだという。そしてお互いが改善しなければ2年生になれないと、そう主張している。
わたし:
そっか。なんかやっぱり、ちょっと焦ってるのかな?って思っちゃうんだけど。
改善していくことも大事で、今こういう悪い状態だから改善して直していこうっていうのもそうなんだけど。そのために、小さい頃の気持ちに寄り添って満たしてあげるのをやろうって。
父:
うん。
――ずっと、インナーチャイルドを癒すワークをやろうとしているのに、気づくと現在の夫婦仲の問題に話が移り、不穏な空気になってしまう。
わたし:
改善とかじゃない段階って感じかな、今。
父:
1年生はね。
わたし:
うん、1年生は。
父:
なるほど。
わたし:
そう。改善にまだ行けない。今改善するのは無理があるってこと。
だから、まずは自分を満たす。お父さんとお母さん、それぞれを満たす場をじっくり作って子供(インナーチャイルド)を成長させるってことだよね。その上でお互いに、もっと思いやって改善すべきところがあるかもしれないけど、成長することで、おそらく何個かの問題は自然と消えるはずなんだよね。
母:
なんかすごい気持ち悪くて。お父さんのさっきの話が気持ち悪くて気持ち悪くて。
父:
そういうふうに言われるとものすごく不愉快になってくる。ものすごく気持ち悪いって言われると。
母:
お父さんが不愉快になるの?その前に私が
――確かに、この日の中盤、父が誘導尋問のように母に質問して、無理やり持論に同意させようとしてきたのは気持ちの悪い話だった。
父も「気持ち悪い」と言われれば不快だろうが、その前から母は、ずっと不快だったのだ。
とはいえふたりとも、「気持ちを出していこう」と言えば、不快感や怒りしか出さない。それでは喧嘩にしかならないというのに。
わたし:
2人とも不愉快ね。お父さん、やっぱり焦りからか、今日コントロールしようとしてる雰囲気だったかな。それが多分、お母さんにとって嫌なんだと思う。
父:
だから、これ(性格診断)に表れてるんだろうと思うんだけど、そこをちょっと探りたいんだけど。俺のそういうコントロールしがち、相手をコントロールするっていうところ
わたし:
なんかわたしはお父さんにもっと、丸裸っていうか、受身になってほしい感じかな。わたしが主導するから。
わたしもカウンセラーじゃないから、お姉ちゃんほどうまく主導できないんだけど、頭ぼーっとしちゃうこともあるんだけど、こんな毎日何喋ろう?みたいにもなるんだけど。でもお父さんにはもっとこう、「好きにしてください」って感じに、受身になってもらいたいなって。子供(インナーチャイルド)をまず解放させてあげてほしいっていうか。
父:
そういうことね。
わたし:
もう波にもまれます。みたいな感じになってくれたらいいなって。
父:
なんか喋れないと申し訳ないと思ってさ。そこに割り込もうと思って。
母:
そうだったの?
わたし:
あのね、喋ることももちろん大事なんだけど。なんていうか、それがコントロール的になるのかな。それが多分、お母さんは気持ち悪いんだと思うんだけど。
――実際には喋って欲しい。気持ちを。積極的になって欲しい。この取り組みに。
だけど父は、わたしたちの求めている会話がわからない。会話をするとなれば自分本位になってしまい、気持ちを教えてと言えば口をつぐむ。
父:
お父さんが喋るとコントロール的になるんだな。
わたし:
必ずじゃないよ。
父:
あらかた。
わたし:
あらかたっていうか、コントロールしようとしてるからそうなるんだと思う。
父:
あ、そいうこと。
わたし:
今まで話してたようなことは、ちょっとコントロール的な感じだったかなって思う。
あと、あの思惑がある話し方っていうの?「それ先に言ってよ」ってお母さんも言ってたけど、「今これを聞いたのはね」って、散々質問した後から言うのも、お父さんの中でコントロールしようとしてる感じかなって。
母:
目的が明かされない。
父:
いや、前はよく結論から先に言ってたんだけど、途中経過説明しようと。結論に至るまでね。
わたし:
うん。
父:
こっちを説明して、それから結論を言ってっていうふうに言われて
わたし:
それはおそらく説明のとき。今質問するときだから。
やっぱり何聞かれてんのかわかんないまま、どんどん質問されるのって「何なの?」ってなっちゃうかな。
――結論から先に言っていたのではなく、結論しか言わないのが父だった。だから先に説明してと言っていた。そして質問するなら、その意図を先に言って欲しい。家族の会話なのだから。
父:
端的に質問すればいいんだよな。
母:
今の場合だったら、「お母さんが父親のことを優しいって感じてるのは、お義父さんの態度とか言い方に良かった点があるのかなって思うんだけど、どんなだったの?」って聞いてくれると、もっとすんなり出てくるかなって感じだよね。
父:
1年生だから。
母:
なんか泉がほら、「子供を育てていこう」って言ったでしょ。
わたし:
うん。
母:
そういう意味では1年生にもなってない。もっと2、3歳ぐらいだよね。
わたし:
そうだね本当、赤ちゃんから。
あとさ、朝、わたしが「人にやってもらうのが当たり前じゃないよ」みたいなことを言って、父さんも「そうなんだな」って納得してたと思うんだけど、子供はやってもらうのが当たり前なわけよね。
とくに赤ちゃんは何もできない。生まれたての赤ちゃんは、親に全てをやってもらうのが当然だし当たり前。それが徐々に、自分でもできるようになっていく。っていうことなんだけど、子供のうちって親にやってもらうのが当たり前なんだよね。
だけどお父さんは、子供のときに結構早い段階から、当たり前にやってもらえることをやってもらわずに、母親のために頑張った。頑張っちゃった。だから当たり前に使っていい権利を、使わずに過ごしちゃった部分があるんだよね。
でも結婚してからは、お母さんに対しては「妻の役目としてこれって当たり前だろう」っていう(上から目線な)感じで。
むしろ子供のときに、もっと当たり前を主張してよかった。
子供のときに、母親に当たり前を主張できずに、母親のことを思って頑張るみたいなことの方が多かった。その満たされなさが、大人になって影響してるっていうことなんだろうなって。
だから、わたしとしては、生まれたての赤ちゃんのときから癒してあげたいわけ。子供の頃のお父さんに、もっと当たり前に使ってよかった権利を使わせてあげたいというか。
大人のお父さんは、人に何でもやってもらうのが当たり前じゃない。けど、お父さんの中の子供、和義少年は、もっと甘えてよかった。だからそこを満たしてあげたい。その辺をもっともっと詳しく聞いて、ちょっとずつお父さんの子供の部分を成長させるっていうかさ。
お父さんは大人だけど、子供の部分があるってことなんだよね。お母さんもそうだけど。わたしももちろんそうだけど。みんなそうだと思うんだけど。
その子供の部分が何歳かっていうところが影響してる。だからまず癒し合う。最終的には自分の中で完結させなきゃいけないんだけど、今の段階は、まだ幼いから、段階的には、まず人に癒してもらうことが大事だって。お姉ちゃんも言ってた通り、そこをまずは、じっくりやるってことが一番、土台を作っていくことになるのかなって。
父:
なるほど、わかりました。明日やり直しだな。
わたし:
わたしもごちゃごちゃしたしちゃったけど、子供の頃の話をじっくりやっていったほうがいいなって。1週間話してきて。
父:
なるほど。子供の頃のやつもう少し探してみようか。
わたし:
そうだね、わたしももっと、うまく質問できればいいんだけど。
母:
癒されてないで育った子供が親の面倒見てんだから。そんなすごい役目を負わせちゃってる。けど、とにかく自分たちではできなかったから…
わたし:
うんでも、これって自分の幸せのためでもあるから。だからやってるわけだから。これをやることでみんなが幸せになると思ってやってる。だからもう、そこは全然いい。
父:
今日はこのくらいまでに、あ、俺が仕切んじゃないな。
わたし:
いいよ。笑
このぐらいまでにしよ。
- 家族会議8日目終わり -
何度同じ話を説明しても、何度思いを語っても、形状記憶化された価値感に戻ってしまう父。
その価値感じゃ生きづらいだろうに。…家族からはそう見えている。
でも本人が生きづらさを感じていない。気持ちを封印してしまったのだから、生きづらさなど感じられない。
そもそも、今までは怒鳴れば妻も子供も、言うことを聞いてきたのだから生きづらくなどなかったかもしれない。
父からすれば、妻や子供が変わってしまったせいで上手くいかなくなっただけ。妻も子供も、以前のように戻ればそれで、自分は穏やかに過ごせると。
じゃあ、心を病んでうつになった姉は?ずっと抱えてきた苦しみに気づいてしまった妻は?どうでもいいのだろうか?自分さえよければ?
父は現実を見なければならない。
己が生きづらい価値観を持っているのだと。
子供のころからずっと、満たされなかったのだと。
そんな自分が、家族の心を壊しているのだと。
<次回に続く>
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