Recall「私が私を許せなかった話」

これを読んでいただける方に質問があります。

今、大切な人はいますでしょうか。
今、助けたい人はいますでしょうか。
また、自分は人助けが好きな方だと思いますでしょうか。

ちなみに私は、全てに該当する人間である。
上記のひとつでも当てはまる人がいらっしゃれば、その人に伝えたいことがある。

普段から、自分を見つめ直すことができていますか?
助かる、という皮を被ったエゴイズムになっていませんか?

私は常々、助けるという行為の本質は、自己満足だと思っている。
だからこそ、声を大にして言いたい。

自己満足な手助けで、他人の権利を剥奪してはならないと。

私はこれに気づいていたつもりでした。ですが、つい最近、自分の最愛の人と喧嘩をしました。
大雑把に原因を言えば、私自身が彼女のことを軽視していたことである。彼女は苦手なことが多く、見た目も幼く、言動も年相応とは思えない瞬間がある子だ。私はそんな彼女を心から愛している。そして、苦手な部分を支えていこうと心に誓っていたのだ。

ただ、それが私のエゴイズムだった。
まだまだ幼いと思っていた彼女は、私が思っているよりも心の奥ではしっかりと将来について考えており、自分の苦手に向き合っていく強い志を持っていた。
私はそんな彼女の考えを、付き合ってから何回も無下にしてきたことがある。昔の自分を東京湾に沈めてやりたいぐらいだ。

当然、別れ話にも発展した。そりゃそうだ。誰だって、自分が舐められたら腹が立つものだ。
しかし、実際に別れることはなかった。理由は簡単。彼女が優しすぎるからである。
私の頑張り?そんなものでは一切ありません。彼女の優しさです。言うならば、私が彼女の優しさにつけ込んでしまった、とまで言えるかもしれない。

だからきっと、根本的には何も解決していないのです。これからの私の行動次第で、全てが変わるものなのだと思う。
ただ、やはり彼女はまだまだ危ういところがありますから、しっかりと支えてあげるつもりです。大好きなのでね。

私たちは、なんとか絆を繋ぎ止めることができましたが、きっと一般的にはそうはいかないでしょう。
BADENDまっしぐらだと思う。

どうか、私のように愛する人を傷つける人間にはならないで下さい。泣いて謝っても帰ってこないものもありますから。

今一度、己の行動を見つめ直し、それが本当に相手のためになっているか。自分のエゴではないのかを考えてみて欲しい。

令和5年、コロナの余波で生きづらい社会にはなっているが、生きる全ての人間が、他人を心から思い合える人になってくれることを、私は心から願っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?