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日本の宗教の歴史をざっくり振り返る その1
以前も書いたんですけど、現在の日本において、宗教って「怪しい」「古臭い」「よく分からん」がトップ3だと思うんですよねー。
私なりのざっくり理解で、日本の宗教について振り返ってみたいと思います。
(縄文時代)自然崇拝
自然って尊いなぁ~✨神秘的!
これが、自然崇拝です。
雷を見て、畏怖の感情を抱いたりなんかもします。
当時は狩猟民族。
人間が自然を支配・管理するのではなく、人間は自然の一部と考えるのがアジアの宗教の特徴かもしれません。
(弥生・古墳)八百万の神信仰
「八百万の神(やおよろずのかみ)信仰」とは、木や草花、海や山、そして岩などの自然物には、神様が宿るという信仰です。
この頃、人々は稲作を始め、集落をつくり定住します。神が土地と結ばれることで「氏神様」として大切に祀ったりもしました。(地神祭やお地蔵様のもと)
ちなみに、映画「すずめの戸締まり」でも、土地を鎮めるという考え方が登場します。それをしないと地震が起こる。以下の記事(2-②)で書いてます。
「八百万の神信仰」は、今の神社や神道のベースとなる考え方です。
出雲大社が有名で、神在月と神無月でいう神って、八百万の神ですもんね。
ちなみに、古事記が編纂されたのは712年。
仏教伝来が552年。飛鳥時代が592年から710年です。
(飛鳥時代)仏教で中央集権国家を作ろう
飛鳥時代になる少し前、百済から送られてきた仏像をめぐり、
「仏教賛成派の蘇我氏 VS 仏教反対派の物部氏」が争いが勃発。
蘇我氏が勝利します。
物部氏は「日本には古来より八百万の神信仰があるではないか!海外の神様を拝むなんてけしからん!」という保守派だったし
蘇我氏は「これからの時代、海外とのお付き合いは必須。先進的な文化を日本も取り入れるべき!」という革新派だった。
その後、蘇我氏の参謀で、熱心な仏教徒である聖徳太子が、仏教を使って中央集権国家を作っていくんだよね。人々の平和と安寧を祈り、国を治めるには仏教の考え方を世の中に広めるのが最適だ!と考えた。法隆寺が有名だよね。
とはいえ、まだ当時は、地方には有力な豪族もいたし、聖徳太子が個人的に信仰してる仏教をもとにお寺を建てた。くらいのローカルな話。
そして、奈良時代から仏教が深まり、広がっていく。
長くなりそうなので、今日は一旦ここまで。
奈良時代からは、国の研究学問として仏教が始まり、庶民の仏教となるまでの流れを見ていきます。
ではまた!
しゅんたろう
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