めんそーれが聞きたくて
秋葉原はそろそろ秋を迎えて着火しやすくなってくる。この町は火事が多いところだったらしい。何かと燃えやすく、火事場にどれだけの泥棒がいたのだろうか。果たして何を盗んでいったのだろうか。
兎さんとは本名だった。田中 兎さんはサークルの同期だった。最もすぐにやめてしまったので、サークルの活動ではほとんど一緒になることはなかった。ぼくらのサークルといえば天体観測をするサークルで、20歳そこらの男女が夜にぞろぞろと集まっては星を眺めるんだから、まぁ、そうね、サークルの人間関係もそれなりに星座を描いていた。
兎さんはちょっと周りがビビるくらいには超絶美人だったので、それまで全く洒落っ気のなかった先輩たちの服は足並みを揃えたようにGUに新調された。それほどの影響力を図らずも発揮してしまうことは、兎さん自身からすればそんなに嬉しいことではなかっただろうと思う。今思えば、兎さんにとって大学というところはそういう意味であんまり楽しいところではなかったんだろう。きっと兎さんはもっと集中して学びたかったこともたくさんあったんだ、そんな気がする。
兎さんがサークルに入ってからというもの、我がサークルはなんだか四六時中そわそわし始めた。GUの先輩方は何かと兎さんに絡めるチャンスを絶えずうかがっているし、そんな感じなので兎さんは嫉妬の対象にもなる。シンプルに、居心地がよくなかったんだろう、兎さんは半年もせずに突如としてサークルをやめた。
それ以来、サークル内の雰囲気は俄然として良くなったこともあいまって、なんだかみんな兎さんのことを無かったものかのように扱った。話題が出ることもないし、ちょっと名前が出るとみんななんとなく決まりが悪くなってすぐに別の話題に切り替えたりした。こんな感じじゃ兎さんはさっさと去って正解だったと思ったぼくは兎さんは聡明な人だなとひっそりと尊敬していた。
なんだかよく分からないが兎さんはぼくと仲良くしてくれた。兎さんはメインの学食じゃなくてちょっと目立たないサブの食堂でいつもお昼を食べていて、たまにふらっと連絡がきて、一緒にランチをすることがあった。兎さんは話すと暗い人だった。
「なんかさぁ、ほんと生きてる意味なんてあるのかなぁ」
「生きてる意味かぁ、むずかしいね」
「夜はさ、死にたくなっちゃうから最近走ってるんだよね」
「え、いいね、今度一緒に走ろうよ」
「え〜なんでお前と走るんだよ」
「だって家近いじゃん」
「はっ理由になってねーし」
こういう時、兎さんはわざとらしく目を細めて、ニヤニヤする。楽しそうだった。そんなこんなで大学在学中はたまに飲みに行ったり、散歩をしたり、「なんか旅行とか行きたいねぇ、棚田とか見たいなぁ」みたいな話もしたりしたけど実際にはいかなかった。
卒業してからは、たまに連絡をするくらいで、お互いに誕生日が近かったりもしたので、プレゼントを交換しあったりした。「この前友達に教えてもらった本、お前好きそうだからやるよー」と言って、戦争に関する絵本とかをもらったりした。
なんかの話の流れで久しぶりに飲もうということになり、互いに今住んでるところの中間地点ということで、秋葉原になった。ふらっと入った居酒屋で、気づけば昼過ぎから6時間くらいそのお店で話していた。話題といえば、ありきたりの転職やら結婚やら同級生の最近の事情とかだった。
「わたしさ〜30歳までに結婚できなかったら死のうと思うんだよね〜」
「出た、ぼく兎さんが死んだら絶対気づくと思うんだよね」
「気づくわけないじゃん、誰も知らないところでひっそりと死んでやるから」
「いや、絶対気づくね、兎さんの魂が途絶えたことくらい、どこにいたってぼくは気づくと思うね!」
また兎さんは目を細めて「バカなやつだなぁ〜」ってニヤニヤする。
「んで、おめぇはさ、もう結婚するの?」
「いやぁどうかなぁ、ずっとじんわり上手くいってないっていうか、あっちも「なんかこの人とはないなぁ」って思ってんじゃないかなぁ」
「とっとと別れろよそんなもん」
「ん〜でもねぇ・・・」
「もう今からさ、沖縄行こうよ、沖縄」
「沖縄!行ったことない!」
「だろぉ!?いいじゃん、沖縄、わたしも行ったことないし」
「今からつっても今日、日曜日なんですけど・・・」
「だから何よ、バッくれちゃえばいいだろ」
「ぼくは兎さんと違って仕事好きだからなぁ〜」
「ったくよ、ダセェやつだな、おめぇは」
「それに、今から沖縄って、それはもはや駆け落ちなのよw」
「そうだよ、駆け落ちだよ」
その夜、ぼくは沖縄に行かなかったことを後悔した。
それから兎さんとは都合が合わなくて飲みに行かなくなっていった。
兎さんは、最近、転職したらしい。