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TureDure 34 : 即興する組織は、らくらくスイスイ?― もちつもたれつ、泰然自若で、ちょっとはぐれる。

企業に取り入れられる即興演劇・インプロ

私の専門はインプロと呼ばれる即興演劇である。私は大学に入学してインプロに出会った。その時に知って驚いたのは、インプロが世界中の企業組織などで取り入れられているということであった。それまで演劇にはまったく馴染みのなかった当時の私にとっては、その事実が非常に驚きであったことをよく覚えている。しかも、インプロを採用する業界・業種・職種は多岐にわたっており、PIXARなどのクリエイティビティを必要とする企業に取り入れているところ(PIXARには社内インプロ劇団すらある)もあれば、医療や、ラグジュアリー企業などではコミュニケーション・スキルやレジリエンスの養成であったり、インプロを取り入れているその目的も様々である(Dudeck 2018 , 高尾 2006)。
調べてみると即興は新しい組織の形を模索する際のメタファーとして用いられることがあるようだ。果たして即興の何が関心を惹きつけるのか。即興は組織の”役に立つ”のであろうか。あるいは、組織が“即興をする”というのはどういうことか、そしてそれは本当に可能なのだろうか。即興は組織にとって“いいもの”なのかあるいは“毒物”なのか。本記事ではそうした組織論と即興を取り巻く問題圏について概観し、即興の魅力と危うさを伝えられたらと思う。

そもそも即興は管理という視点においては厄介なものでしかないと考えられてきた。即興は科学的管理論が乗り越えようとした「成り行きに任せた経営」をイメージさせる上に、効率性や合理性に基づく計画を重視する以上、何が起こるのか分からない即興という軌道に組織を乗せるわけにはいかない。そのため即興は経営計画のシステムエラーとして生じるネガティブな現象と考えられてきた(Lewin 1998)。
しかし、現在、組織論からの即興に対するアプローチはいかに効率的に柔軟な組織が実現できるかを求めている。組織における初期の成長の要は適切な目標を設定し、その目標を達成するための効率的な方法を開発することにある。しかし、もし、この適切な目標を設定すること自体が大きなコストだと考えられる場合、組織はどのようなあり方が必要なのか。その時に用いられるのが即興というメタファーである。

即興への歴史的要求

即興と組織について考える前に、触れておきたいのは権力論との関りである。20世紀は近代的なヒエラルキーへの反省とそのオルタナティブを探る切実な実践と議論が巻き起こった時代であると見ることができるだろう。ギルバート・ライルが「機械の中の幽霊」と言って行った心身二元論への批判と相似形をなして、トップダウン型の組織構造への強い批判的まなざしは、時代が目撃した悲痛な組織行動への問い直しと、それとは異なる共同体の在り方を模索していた。
こうした権力批判の波間に即興的な実践への関心も現れてくる。芸術分野においてはこうした既存の権力や社会構造に捉われないオルタナティブを探るようにして「偶然性」や「即興性」や「身体性」は取り入れられていった。そうした実践と思想が互いに共鳴するようにして、即興への期待と不安が高まっていったように思われる。
抑圧されない自由な個人やその集団を思い描くと同時に、そうした自由な個人や集団が自由に意思決定していった結果ひきおこされる集団的な暴力性との微妙なバランス感覚の中、“即興”という現象に対する関心は現在も学際的な広まりを見せている。では、即興が組織論に導入される際に果たしてどのようなイメージを提示してくれるのか、見ていこう。

最小の構造で最大の柔軟性を可能にする即興的組織

まず、即興する組織は”らくらくスイスイ”な構造をしている。すなわち、組織内のメンバーは組織図内の配置に捉われず自由な移動が可能である。ただし、これは各人がバラバラに好き勝手に動くような無秩序を必ずしも意味していない。即興には即興を可能にする構造があり、そのネットワーク内ではむしろメンバーは互いに協調することをマニュアルや規律を必要とすることなく可能にしており、最適な資源配分を導くように交渉を進めるようになる(McGinn and Keros 2002)。すなわち、組織構造を即興的にするというのは、“最小の構造で最大の柔軟性”を可能にするということを意味する。これによりメンバー間の創造的なコラボレーションが促進されると考えられている。
つまり、ゆるめていいギリギリのラインの制約条件を探り、組織図における上下左右の柔軟な移動によって自発的な協働を促そうというものだ。これはジャズの即興をメタファーとして組織を捉えたカール・ワイクに従えば「即興する権利を普及させること」である。すなわち、裁量権や決裁権を与えるよりも組織はあらゆる情報へのアクセスを高め、形式的な計画や事業計画や構造化を極力減らし、組織図の配置に捉われない動き方を認め、ひいては組織外への自由な移動にも開いておくことが即興する能力への投資となる。

このように組織内のメンバーに即興してもらうためにはまず組織内をスルスル移動できてあらゆる部署間のコミュニケーションとコラボレーションが可能なようにしておくということである。ここで、注意すべきは「即興性を鍛える」という名目で、個人へのアプローチを第一に考えてはいけないことだ。なぜならガチガチの組織構造の中で「即興をしなさい」、「自由にコラボレーションしなさい」と言うのは「海の中にいたままで肺呼吸をしなさい」と言っているようなものになってしまうからだ。つまり、組織構造からのメッセージと具体的な指示が矛盾してしまうのである。
この場合、そうした矛盾した適応を求められる個人は良くて「即興的なふりを上司の前だけでする」ようになり、最悪の場合、うまく適応できず心身に異常をきたしてしまう。その上そのようなものは自己責任論を蔓延させ、ハラスメントの培養液になりうる。そのため、必要なのは個人が努力して海の中でも機能するスーパーマン的な肺を獲得する/したように見せることではなく、まずは肺呼吸が可能な環境を実現することである。
「まぁまぁ、そうは言ってもうちのメンバーはそもそも自発性に欠けていて、たとえこちらで環境を整えても即興したりってのは難しいと思いますが……」、そう思われる方もいらっしゃることだろうと思う。では、次はもう少しミクロな視点で即興とマネジメントを見てみよう。

人が即興するために必要な3つの条件

個人が即興するには前述したようにまず環境的な要因と切り離せないことは前提としたうえで、どのような条件で個人同士は即興的に関わり合い、創造的なコラボレーションをしながら交渉を適切に進めたり、あらゆる情報を組み合わせて新規性の高いアウトプットを生み出せるのか。そのためには以下の3つの条件が重要であることが指摘されている。

(1)持ちつ持たれつ
(2)ちょっとはみ出る
(3)泰然自若

まず、(1)持ちつ持たれつ、である。即興をするためにはメンバー同士が共有している情報が豊富であり、共通の情報をもとに議論や仕事が進行していくことが重要である。すなわち、良好な人間関係ができていることと、互いに仕事に関する信頼を持てていることが、既存の情報に加え、新しいアイデアを豊富に共有したりすることが可能になる。メンバー間の信頼関係と情報共有の豊富さは相互補完的であり、個人同士の間に「情報が多く流通していること」、すなわちメンバー間に適切なインプットがされていることが、チームの結束を強くし、新しいアイデアや情報を共有することに積極的になることも指摘されている(Chua, Morris, and Ingram 2010)。こうした適切なインプットが行われるチームは結束が強く、そして情報同士を創造的に組み合わる即興的な活動が生じやすくなるのである(Reagans and Zuckerman 2001)
次に(2)ちょっとはみ出る、である。(1)に加え、チームの外のグループやコミュニティとの関係を持っていることが革新的な生産性を支持する(Reagans and Zuckerman 2001 , Uzzi and Spiro 2005)。すなわち、同じような考え、同じような行動原理で動く、同じような人たちでコラボレーションするよりも、あらゆる分野の情報が行きかう交差点において創造的な生産性は促進されるのである。
最後に、(3)泰然自若、である。Ingram and Duggan (2016)において慢性的な低覚醒状態、すなわち、落ち着いていて、リラックスしていて、緊張がない状態が、多様な刺激を取りこぼさず、それらを即興的かつ創造的に組み合わせることを促進する研究を紹介している。人間は時間的なプレッシャーを与えられたり、失敗しないように念押しされたりなどの恐怖心を持ちながらある種の”ハイな”緊張状態になっていればいるほど、自分が得意なルーティーン化された問題解決方法、すなわち「常套手段に頼る」ようになることが分かっている(Broadbent, 1971)。
また、そのような状態では注意が限定的なものに狭まる(Easterbrook, 1959)ために、新たな組み合わせの可能性に注意が向かなくなる。誤解を恐れずかみ砕けば、パニくっていると、パターン化するのである。そのため、個人に即興的に、かつ創造的になってほしければ、「即興的になれ!」とプレッシャーを与えるべきではない。その個人がリラックスしていて、周りに注意を配れる状態であることによって即興はめぐりはじめるのである。

おわりに:即興が眺めるランドスケープ

このように、見てみると私たちの組織の中で行われるコミュニケーションが、これら3つの条件のどれか1つでも満たせているだろうかという疑問が沸き起こる。組織内で生きる人々の中には「他人に迷惑をかけないように避け合い」、「閉じこもったチームに属し」、「あらゆるプレッシャーに晒され」ながら即興的かつ創造的なパフォーマンスを期待されているのではないだろうか?もし、そうだとすれば「あの人は即興ができない人だ」であるとか、「私は即興をする才能がない」というような価値観が、いかに創造性が個人の変容の問題として責任転嫁され、関係性や組織構造の変容の問題として捉えられていないかが分かる。このような隠蔽に対して、即興の組織論は鋭く切り込んでいくだろう。
もし、個人の即興を期待するのであれば本記事で概観したような組織的条件を整える、すなわち「即興する権利」を普及させ、”合法化”する組織へ変わっていくことから始めることが重要であり、それが認められないのであれば「決められたことを決められた仕方で確実にくり返すこと」を求めることをハッキリと伝えることが重要ではないだろか。
組織における即興に関する研究は、即興が特別なスーパーマンにだけ許された特権ではないことを私たちに教えてくれる。そしてもし、私たちが自分には即興ができないと感じているとすればその時、私たちにそのように思わせている環境的要因があるのではないか?という視点をもち、改めて私たちを自組織の空模様へとまなざしを向けさせてくれることだろうことを願う。


参考文献一覧
浅田彰『構造と力』勁草書房, 1983年
小泉義之『ドゥルーズの哲学―生命・自然・未来のために』講談社学術文庫, 2015年
高尾隆 「これが、企業のクリエイティブ・アクション―アートを使った企業プログラム アメリカのピクサー・アニメーション・スタジオの活動」, プラクティカ・ネットワーク (編) 『日常を変える!クリエイティブ・アクション』, フィルムアート社 , 2006年
ダガン, W. (杉本希子(訳))『戦略は直観に従う―イノベーションの偉人に学ぶ発想の法則』東洋経済新報社, 2010年
檜垣立哉『ドゥルーズ―解けない問いを生きる』ちくま学芸文庫, 2019年
Broadbent, D. E. "Decision and Stress." Oxford: Academic Press, 1971.
Chua, Roy Y. J., Morris, M., and Ingram, P. "Embeddedness and New Idea Discussion in Professional Networks: The Mediating Role of Affect Based Trust." Journal of Creative Behavior 44, no. 2 : 85-104, 2010.
Dudeck, R. T. & McClure, C. (eds.) "Applied Improvisation : Leading, Collaborating and Creating Beyond the Theatre." methuen drama, 2018. デュデク, R. T. & マクルア―, K. (編)(絹川友梨ほか(訳))『応用インプロの挑戦―医療・教育・ビジネスを変える即興の力』新曜社, 2020年
Easterbrook, J. A. (1959) "The Effect of Emotion on Cue Utilization and the Organization of Behavior." Psychological Review 66, no.3 : 187-201, 1959.
Ingram, P. and Duggan, W. "Improvisation in Management." in Lewis, G. and Piekut, B. (eds) "The Oxford Handbook of Critical Improvisation Studies : Volume 1." Oxford University Press : 385-395, 2016.
Lewin, Arie Y. "Introduction : Jazz Improvisation as a Metaphor for Organization Theory." Organization Science 9, no. 5 : 539, 1998.
McGinn, L. and Kero, T. "Improvisation and the Logic of Exchange in Socially Embedded Transactions." Administrative Science Quarterly 47, no.3 (September 2002) : 442-473, 2002.
Reagans, R. E. and Zuckerman, E. W. "Networks, Diversity, and Performance: The Social Capital of Corporate R&D Units." Organization Science 12 : 502-517, 2001.
Uzzi, B. and Spiro, J. "Collaboration and Creativity: The Small World Problem." American Journal of Sociology 111, no.2 (September 2005) : 447-504, 2005.

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