アリストテレス、マフラー、黒糖
私はアリストテレスの存在を疑っている。あれはギリシャの政治戦略に決まっている。あんなのは後世の人間が丹念につじつまを合わせて作った偽物だ。そうに違いない。でないとあんなにすごい人間がいるはずもない、作り物だ。
世間はクリスマスである。シャンシャンという音が近所のスーパーからなのかお隣さんのテレビからなのか、季節性の幻聴なのか峻別しがたいが、シャンシャンという音に任せて幸せと不幸せが運ばれてくる。企業の消費を促すヨダレがまるで可視化されているような季節、所狭しと赤色と、緑色と、白色、だいたいこの3色が埋め尽くす。12月なんてそんなもんだ。ん?年が明けてからもだいたい赤色と、緑色と、白色な気もする。
アリストテレスは2500年以上も前の人間だというのに、現代に生きる私を救う。そんなできすぎた話があるはずもない。私はまだ現実態ではないと考えればよい。私は生まれてこの方可能態であり、可能態のまま死んでいけば一生これが私の完成だと、行きつくところなのだと思わなくて済むではないか。こんな遠い私にもそれらしい言い訳を与えてくれて、それを悪用することにも寛大なアリストテレスなどいう人物がいるはずはない!神様ごめんなさい。
思えばサンタクロースの存在も信じられなかった哀れな人間だった。そんな都合のいい奴がいるはずはない。いい子にしているだけでプレゼントをくれる?無償で?馬鹿な。世の中そんなに甘くない!そう思った私は友達が少ないのは察しのとおりである。いや、こんな私に友達なんぞできるはずもないという予言の自己成就なのかもしれない。本当は友達がわんさかいることもありえるし、私にはその能力が潜性しているのやもしれない!
「はぁ、リア充爆発しろ」
妹の乃愛がそう香り高いつぶやきをしたので、私はゆぅっくりと、なぜか恐る恐る乃愛の方を向いた。ここはリビングである。
「乃愛、そうしたセリフは平成に置いて行った方がいいぞ」
「でもそう思うんだから仕方ないよね、平成レトロっていうの、だからむしろ令和」
「リア充ってだって、乃愛もそうだろ」
「っせーし」
「あら、え、そうなの?」
「っせーつってんだろ」
アリストテレスと、これはどういうことだ。妹はまさに人生のイデアに到達しているほどに色とりどりな華々しい生活を送っていたではないか!お兄ちゃんは乃愛が幸せそうな顔だったから、その、あれだ、ああいうことも見て見ぬふりをしていたのだぞ!その乃愛が1年で最も華々しくゴールデンな輝きを放つクリスマスを目前にして!?ほらやっぱりサンタなどいないのだ、これで悪魔の証明は証明された。サンタがこんないい子にこんな仕打ちをするはずがない!ということは考えられる可能性はサンタがいないということだ、同じ論理で神もいない、よってクリスマスもない!
「にーちゃんも暇だろ?」
「兄ちゃんはリア充の可能態なのだ」
「意味わからんし」
「つまり、乃愛もお兄ちゃんもリア充になりうる可能性がまだまだあるのだということだ」
「ふぅん、どうやって?」
「それは、自然の流れに任せていれば?」
「そ、キェルケゴールはそれを絶望って呼ぶよきっと」
「ん?」
「可能性と必然性とを綜合できていない、すなわち自己になっていない、これすなわち絶望」
「え、じゃあお兄ちゃんは知らずのうちに絶望しているということなのか」
「それが絶望のβの形、絶望について絶望すること」
「おいおい、抜け出る術がないじゃないか」
「そうだよ、絶望は死ぬことを許されないから絶望なんだから」
「お兄ちゃんはずっと絶望しっぱなしってこと」
「お兄ちゃんは、真に自己になりたい?」
「リア充になりたい!」
「そういう地上的なものにこだわらないで、自己になるの」
そうしてずっとPCと向かい合っていた私の視界に乃愛がくいっと顔をのぞかせてきた。フローラルの香りがふわっと立って、消えた。すると亜麻色の髪が黒糖のように見えてきた。きっと甘いだろう。
「乃愛よ、そうしてお兄ちゃんのPC画面をふさぐのはやめなさいと何度言ったらわかるのだ」
「お兄ちゃんはPC画面を見たいの?」
いや、乃愛が見たい!!!!!!!!!!
何を言わせるのだ!アリストテレスよ!いや、サンタか!あんたが私によこしま!よこしま!邪な心をプレゼントしたのか!童貞であることは可能態だ!あらゆる能力を潜在しているのでああああある!
「いい?お兄ちゃん、自己になるの、神がいなくても立っていられるように、自己になるの」
「自己に・・・」
「だから、喜んでね!」
そういって乃愛は横縞模様のマフラーを「じゃーん」と言いたげな素振りで広げた。サンタはいない、なぜなら、サンタは乃愛なのだから。私は現実態に到達してしまったのだ、今すぐそのマフラーで俺を絞め殺してくれ!!!!!!!!!!!!!!!!メリークリスマス!!!!!!!!!!!!!!!
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