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未来の経済はドーナツの形をしている?

何の話をしているかと言いますと、オックスフォード大学の経済学者、ケイト・ラワースさんの提唱するドーナツ経済学のことです。

ドーナツという可愛らしいモチーフを名前に冠した新しい経済学、その考え方を紹介した”Doughnut Economics(邦題:ドーナツ経済学が世界を救う)”という本を先日読みました。

そのキャッチーな名前とは裏腹にとても奥深い考え方だと思い、感じたことをシェアします。


ドーナツ経済学とは

ここでいう「ドーナツ」というのは私たちの経済が今後目指すべき姿を指しています。

「ドーナツ」のイメージ図(Doughnut Economics Action Labのページより)


ドーナツの外側の円が環境を保ちながら経済活動ができるライン、内側の円が人らしい生活を送るために必要な発展のラインを表します。

この外側の円を超えると生活基盤そのものである環境が崩壊してしまいます。反面、内側の円を下回ってしまうと医療や健康、自由や教育といった権利が保障されなくなってしまいます。

そして、私たちの社会はこのドーナツの部分の中で活動する姿を目指していくべき、というのがドーナツ経済学の考え方です。


ドーナツ型の経済を達成するために

そして、こうした形を実現するための7つの考え方が本の中では紹介されています。全て紹介すると長くなってしまうのですが、経済学のそもそものゴールを考え直す、というのがその一つ目として挙げられています。

既存の経済学は、経済の発展成長を目指すべき姿として置きます。

毎年のように各国のGDPが何%成長した、という報道がなされ、その上がり幅が大きいほどポジティブなこととして捉えられます。

しかしGDP成長があたかも当然の目標かのように捉える伝統的な経済学にラワースさんは疑問を呈しています。

(カッコウが自分の卵を他の種類の鳥に育てさせるように、私たちは経済学というカッコウに「終わりなきGDP成長」という偽の卵を入れ替えられてしまった親鳥のようだと喩えられています)

しかし、そうした成長を絶対の目標として置いた考え方は、資源消費や環境破壊により私たちが生活している地球そのものの存続を危うくしたり、貧富の差の拡大を推し進めるなどの問題を引き起こしてきました。

そして、そういったゴールを設定しておきながらも、今の経済学はその成長が行き着く先の答えを実は持ち合わせていない。

こういった矛盾を乗り越え、持続可能な社会を築く必要がある。一方で、まだ必要なリソースに手が届かない人たちの権利がきちんと保障されるだけの開発も進めていかないとならない。

そこで、今までの右肩上がりの経済からドーナツ型の経済への目標の再定義が必要というのです。


経済における目標という卵を、気付かないうちに終わりない成長にすり替えられてしまったという例えは的を得ていると思います。

私自身、日本や世界のGDPが右肩上がりで上がっていくグラフに疑問を抱いたことはありませんでした。

もう少し具体的な話で言うと、上京当初、もとあった立派なビルがどんどん解体され、その跡地にさらに高いビルや大きな商業施設がものすごい速さで新しく建てられていく、都市が目まぐるしい速さで成長していく様子を見て「やはり東京はすごい」と感じたのを覚えています。

少し考えれば、まだまだ使えそうな既にある立派な物を捨てて、膨大なエネルギーを消費して新しいモノをどんどん作っていることになるのですが、当時はそういった疑問は生まれませんでした。

それほどまでに、今の経済学が前提とする成長信仰は私たちひとりひとりの無意識に焼きついているのかなと思います。


これからの進む先

いかに持続可能な社会を築くかというテーマは、気候変動対策や自然の保護など、どちらかというと具体的な各問題に即した話を聞くことが多いでしょう。

温暖化対策やフードロスといった各論レベルでは「こうすべきだ」という話はよく聞きますが、結局のところ社会全体としてどういった姿を目指していくべきなのかということに対する明確なイメージはなかなか描きづらいように感じます。

しかし、ドーナツ経済学は今後どのように私たちが社会や経済をデザインしていけば良いのかということを、環境をどう保全するかという話だけでなく、どう経済活動を続けていくのかという現実的な側面まで含めて、一つの方向性を提示してくれています。

そして、そういった大きな社会のデザインを取り扱う枠組みだからこそ、本当にドーナツ経済学の考え方を実装していきたれば、都市や国といった大きなレベルでの理解・取り組みが必要になってくるという印象を受けました。

実際、アムステルダム、ブリュッセル、メルボルンなど、海外のいくつかの主要都市ではドーナツ経済学の考え方を基礎とした取り組みが始まっているようでです。


日本でこういった動きが出てくるのはまだ先になってしまうかもしれませんが、だからといって、個人レベルでは何もできないかと言われるとそういうことはないと思います。

まずはこういった新しい考え方があるといったことを一人一人が知り、そしてそれに共鳴した人が自分なりの意見や理解を周りに伝えていく。

そしてそうした話に共感した周りの人が自分なりに理解を深め、さらに周囲に広めていく。

友人が言っていたことですが、一人でできることはたかが知れているように思えても、周りに伝えることで波及的に広まっていき、それは長いスパンでみると大きなインパクトをもたらす。

そうすることで国内でもこういった新しい考え方に対する理解や認知が広まっていき、企業や行政といったより大きなレベルでの変革が生まれる土壌が生まれていくかもしれません。

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