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短文学集

25
筋も思想も体系も、全部気にせず楽しむことを短文学と称して日々の感傷を綴る。
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2020年6月の記事一覧

緑の波

緑の波

「やあ、このようなところへ人が見えるとは」
 愛想の良い初老ほどの男が、いつの間にやら私の脇に立ってこちらを見ていた。いくら川の音がするとはいえ、歩く音が聞こえないほど夢中になっていたつもりはない。自然、向ける目線には警戒の色が混ざったろう。
「これは失礼した。物思いに耽っていて気がつかなかった。この辺りにお住まいの方かな」
 向き直って見ると、男は白髪の混じった皺の深い顔をしており、膝丈ほどもあ

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夕立の降らない夏。

夕立の降らない夏。

 これも全部、ノストラダムスの野郎がしくじったせいだ。あの頃のオレは愚直に信じていた。ヤツの言うところのなんちゃら大王がやって来て、何もかも全部ぶっ壊してくれるんだって。机に突っ伏してばかりの昼も、長すぎる夜も、蔑みの声や同調を意味する記号的な口角の上げ方も、おべっかも堅苦しい詰襟も何もかも、根こそぎ。

 それがどうだ。リヤカーに空き缶を山ほど積んでいた浮浪者たちはどこへいった。ブルーシートの家

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