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「大切な人に想いを伝えられなかった」という後悔を、誰にもしてほしくない。だから、絵本をつくるんです。-itoha代表 有賀ひとみさん-

大切な人に、伝えられなかった想いはありますか?

「いつもそばにいてくれて、ありがとう」
「実は小さいころ、こんなつらい経験をしてね」
「あのとき、傷つけてしまってごめんね」

そんな想いを伝えたいと気づいたころには、その宛先となる彼や彼女は自分のそばからいなくなっていた--

ふりかえれば、私はそんな後悔をくりかえしてきました。
もしかしたら、これを読んでいるあなたも、そんな後悔をかかえているのではないでしょうか。


オーストラリアで長年緩和ケアの仕事に取り組み、数多くの患者を看取ってきたブロニー・ウェアは、著書『死ぬ瞬間の5つの後悔』で、患者が自らの命の最期に語った後悔をまとめています。

その5つとは、次のようなもの。

1.他人が私に期待する人生ではなく、自分に正直な人生を生きればよかった
2.こんなに働きすぎなければよかった
3.思い切って自分の気持ちを伝えればよかった
4.友人たちと連絡を取り続けていればよかった
5.もっと幸せな生き方をすればよかった

『死ぬ瞬間の5つの後悔』  ブロニー・ウェア著 仁木めぐみ訳 新潮社刊


ブロニー・ウェアが書いていることからも、大切な人に自分の想いを伝えられないことは、自分が死んでしまうときに生じる大きな後悔のひとつだと想像できます。

そしてまた、のこされた人にとっても、「大切な人に、自分の想いを伝えてもらえなかった」ということは、大きな心残りとなります。


「大切な人に、自分の想いを伝えられなかった」であったり、
「大切な人に、自分の想いを伝えてもらえなかった」
という後悔をする人を、少しでも減らしたい--。

そんな考えから生まれたのが、人生を物語にまとめた、世界に一冊の「人生絵本」をつくるサービス「itoha」。終活や死別のときだけでなく、結婚や出産、成人式、還暦など、節目に人生を振り返り、大切な人に想いを伝えるためのオリジナル絵本をつくることができる取り組みです。

サービスの運営に取り組むのは、有賀ひとみさん。なぜ、有賀さんは「人生絵本」をつくるサービスをはじめたでしょうか。その背景には、ある本との出会いや、医療現場での仕事を経て育んでいった、有賀さんの死生観がありました。

有賀ひとみさん プロフィール
itoha/brand manager
長野県上伊那郡出身。医療機関で勤務後、オリジナルウエディング会社や、飲食店舗の企画運営会社でバックオフィスを担う。過去の原体験と、仕事での経験を経てitohaを立ち上げる。自然の中で育ってきたことや、養蜂家の実家だったことから山や川、植物が好き。

(写真:有賀さん提供)
(写真:有賀さん提供)

「自分の想いを伝えられなかった」「伝えてもらえなかった」と後悔をする人を減らしたい


わたし、身近な人やペットが死んでしまっても、あまり涙を流したことがないんです。

薄情だって思われるかもしれないですよね。でも、それには理由があって。わたしは、「ありがとう」とか、「愛している」とか、「大切な人に、想いを伝える」っていうことを普段からしているんです。大切な存在が亡くなってしまったら、もちろんとても悲しいです。だけど、「想いを伝えられなかった」っていう後悔はない。だから涙が流れないんじゃないかな。

「itoha」は、「大切な人への後悔をなくしたい」という想いで立ち上げました。

どんなに大切な人とでも、いつかはお別れをしなければいけないじゃないですか。どちらかが亡くなってしまったり、なんらかの事情で別れることを決意したり。そんなお別れと直面したときに、「自分の人生を、もっと伝えておけばよかった」という後悔を持つ人がいます。そして、「あの人の人生のことを、もっと聞いておきたかった」という後悔を持つ人もいます。そんな、「伝えられなかった」「伝えてもらえなかった」という後悔をする人を、すこしでも減らしたいんですよね。

だから、一人ひとりの人生のお話を丁寧に聞き出して、世界にたったひとつしかない人生の物語を紡ぎ、絵本というかたちにまとめさせていただくサービスとして「itoha」をはじめました。もし、絵本を通して「あなたと会えてしあわせだったよ」といった想いを伝えることができたら、後悔がうすれるはず。そして、そんな絵本は、のこされた人たちがしあわせに生きていくための救いになるんじゃないかって思うんです。

他界した父親の人生を、家族で振り返った絵本。家族の形は変化しても、読み返すたびにその時の家族のことを思い出すことができます。(写真:有賀さん提供)


結婚や出産、成人式、還暦、終活など、「人生絵本」を制作するタイミングはさまざまです。(写真:有賀さん提供)


わたしは今でこそ、人の生や死と向き合う取り組みをしてますけど、実は以前は、人の命に対してあまり向き合っていなかったんですよね。そんなわたしが、どうして「itoha」の活動を始めたのかを知ってもらうために、これまでの人生の話をすこしさせてください。

『沈黙の春』との出会い。「人間は、はかない命をいじめる存在だ」


わたしの実家は、長野で養蜂園をやってます。祖父が養蜂をはじめて、父で二代目です。

父が保育園のころまで、物理的な家はなかったみたいです。蜂って、あたたかいところに巣をつくるんですけど、日本列島のなかであたたかいところって、季節によってかわるじゃないですか。だから祖父が養蜂をおこなっていたころって、2トントラックで鹿児島から青森まで移動して、民泊で寝泊まりするような暮らしをしてたみたいなんです。今じゃ考えられないですよね(笑)。

父はそういう「家がない」っていう極端な環境で育てられたからか、「こうあるべき」みたいな固定概念があまりない人で。わたしもそんな父の気質を引き継いだのか、小さい頃からちょっとかわった性格でしたね。簡単にいえば、人間という存在を冷めた目でみていたんです。

わたし、小学校4年生のときに『沈黙の春』を読んで、めちゃくちゃ衝撃を受けたんですよ。海洋生物学者だったレイチェルカーソンが、化学薬品がいかに自然や人体を蝕むかを、「鳥達が鳴かなくなった春」っていう出来事を通し訴えた、1962年に出版された本なんですけど。

あれは、当時のわたしが読んじゃいけない本でした(笑)。「ああ、人間ってなんて自分勝手なんだろう!」って、人間に対して憤りみたいな感情を持つようになっちゃったんです。

『沈黙の春』を読んで以来、人間が「植物や動物のようなはかない命をいじめる存在」にみえてしまって。わたし、学校でいじめられていたこともあったんですけど、そのときもつらいっていう気持ちより、「やっぱり人間って、自分勝手だな」って、冷めた目で見ていたような記憶があります。


「植物や動物と同じように、人もはかない命を持った存在なんだ」



そんなわたしの考え方を大きく変えてくれたのは、病院で働いた経験でした。

どうして人間に対して冷めた目で見ていたのに、人の命と関わる医療の仕事を選んだのか、疑問に思いますよね。もともと、医療には興味はなかったんです。わたし一度離婚してるんですけど、高校時代からお付き合いしていた前の夫が、医療施設の開業を目指していたんですよね。当時のわたしは「こう生きていきたい」っていう志みたいなものがなかったので、「医療事務の仕事をやって、いずれ夫が開いた医療施設で働こうかな」って、漠然と考えていたんです。

それで、医療系の専門学校に通ったあと、内科のクリニックで医療事務の仕事をはじめました。医療事務の仕事って、イメージわきますか? 日本の医療って、医療行為ごとに点数が決められていて、その点数表にもとづいて医療費が決まるんですよ。だから、患者さんがうけた医療行為を点数化して医療費を算出するのは、医療事務の大事な仕事で。

そういう医療事務の仕事をしてるうちに、わたし、人を「点数」としてみるようになってしまったんですよね。「この人は 酸素吸入を使ってるから、点数が高いな」「この人は点数が低いな」、とかいうふうにです。


そんな人に対する見方が大きく変わる経験をしたのは、ふたつ目の病院でのこと。

転職した先は「血液内科」という、白血病とか、血液の癌の方がたくさん来るような病院でした。その病院では、人が亡くなることはもちろん、自殺をしてまうことや、患者さんの家族が辛い思いをする姿を目にすることが日常茶飯事だったんですよね。

たとえば、わたしと同じぐらいの年齢で、乳がんになってしまった女性がいました。彼女には旦那さんと、子どもが3人いて。旦那さんが「最期は自宅で看取りたい」ということで、自宅で亡くなられたんですね。そしたら、いちばん上の息子さんが、「僕の下に子どもが2人いるから、自分がしっかりしないといけない」って言っていて。まだ中学生くらいの子どもがですよ? 自分だって、とてもかなしいはずなのに…。その姿を見てるのが、わたしはすごくつらくて。

そういう、死と隣り合わせの現場だったんですよ。


そんな場所で働くなかで、「人間は、はかない命をいじめる存在だ」っていう考えがだんだんと変わっていきました。「ああ、植物や動物と同じように、人もはかない命を持った存在なんだ」っていうふうに。だから、人間だって誰かから大切にされることを必要としてるんだって。そんな当たり前のことを、実感していったんですよね。もし、あの病院での経験がなかったら、いまだに人を点数でみてたかもしれないな…。

「誰かに大切にされた経験がある人は、誰かを大切にできるんじゃないかな」



「人もはかない命を持った存在なんだ」っていうことと、もうひとつ、気づいたことがあるんです。それが、「大切な人に、想いを伝えられないことで、つらい想いをする人がいる」ということでした。

たとえば、両親から「あなたが大切だ」ということを伝えられないまま、大人になってしまう人がいます。そして、そのまま両親が亡くなってしまうと、その人は「自分は誰かに大切にされる存在だ」という実感をもてないまま、のこりの人生をすごすことになりますよね。

今の世の中では、うつ病など精神的につらい状況にある人はたくさんいます。自殺してしまう人もあとを絶ちません。その背景には、「あなたが大切だ」ということを伝えられていないこともあるんじゃないかって、わたしは思うんですよね。

もっといえば、私が『沈黙の春』を読んで感じたような、人間の自分勝手なふるまいも、実は根っこには「あなたが大切だ」と伝えられなかったということがあるんじゃないかって。誰かに大切にされた経験がある人は、誰かを大切にできるはずだから。植物にも動物にも、他者に対しても。おおげさな話、「大切な人に、想いを伝える」ということが当たり前になれば、世の中が平和になるんじゃないかって思っているんですよ。

「あなた」のことを想ってつくったものは、相手にとって救いになる


その後、上京してウエディングの会社で働いたあと、仲間と一緒に「itoha」の事業を立ち上げました。「大切な人に、想いを伝える」ためのサービスとして、「絵本」っていうかたちにしたのは、いくつか理由があります。

ひとつは、気軽に、何度でも見返せるということ。

「大切な人に、想いを伝える」ためのものとして、自分史のようなものもあると思います。でも、分厚い冊子を何度も開くかといったら、難しいと思うんですよね。一度読んだら、タンスの奥にしまわれてしまうんじゃないかな、って。

そうじゃなくて、ちょっとつらくなったりとか人生に迷ったときにふと手に取って、ペラペラめくって、「よし、がんばろう」と思えるようなものにしたいんです。だって、つくった側の自己満足で終わらせてしまって、相手に読まれないのだったら、ほんとうの意味で「大切な人に、想いを伝える」ことになりませんから。

絵本というかたちなら、のこされた人たち…もしかしたら孫やその子どもまで受け継がれて、その人たちがなにかを乗り越えていくときの力になるかもしれない。だから、絵本っていう、何度でも気軽に読み返せるかたちにしているんです。

「人生絵本」のイメージ。(写真:有賀さん提供)


「絵本」というかたちにしているもうひとつの理由は、その人が亡くなってしまっても、大切な人にのこせるように。

大切な人に想いを伝えられないまま、お別れをしなくてはならなくなる人はたくさんいます。そうすると、のこされた人は、「大切に想われていた」ということをたしかめる術をうしなってしまいますよね。

そんなときに、自分のことを想ってつくられたものが手元にあって、見返すことができたら、「ああ、自分は大切に想われていたんだな」って思い出すことができますよね。つらくて、「もうだめだ」と挫けそうになることがあっても、読み返すと「自分はこんなに大切に想われていたんだ。頑張って生きよう」と思いなおせるかもしれない。

今だと、わたしたちはYoutubeとかテレビとかネットとか、たくさんの情報に触れています。それらの情報って「みなさん」に向けてつくられたものです。でも、ほんとうに、生きるうえでの救いになることって、「あなた」に向けてつくられたものだと思うんですよね。「『あなた』のことを想ってつくった」という事実が、伝えられる側にとって救いになるんです。

だからこそ「itoha」というブランドでは、「あなた」の大切な人生を聞かせていただきながら、様々な方法で想いを伝え紡ぐサービスを展開しているんです。今は絵本がメインですけど、今後はサブスクリプションのかたちでの絵本制作や、ギャラリー、節目のお祝いを行う事業展開も予定しています。


幸せなことも、悲しいことも、伝えられる人がいるということの尊さ



「大切な人に、想いを伝える」っていうと、ハッピーなことばかり伝えるように聞こえるかもしれません。だけど、わたしはそうじゃないと思うんです。

たとえば日本って、「死」について語ることがタブー、みたいな空気があるじゃないですか。だから、わたしが今回こんなふうに死生観について語るのも、勇気がいることでした。

もちろん、ハッピーなことも伝えていいんですよ。わたしが本当にいいたいのは、表面的な、「今日の天気は…」みたいな雑談とか、「最近あの人が…」みたいな愚痴とかだけになってしまうと、もったいないっていうこと。幸せに感じたことや、悲しかったことのような、深い話がもっとできたらいいのにな、っていうことです。

幸せなことや悲しいことって、「なぜなら」の情報だと思うんです。つまり、その人の行動や言動の根っこにある理由を知ることできる情報。幸せなことや悲しいことについて話せると、より深くお互いを知ることができますよね。例えば、いつも怒りっぽい人も、実際は胸の奥につらさを抱えていたりする。そのことがわかると、その人に対して優しくなれるはずです。

お互いの「なぜなら」をわかりあえると、ちっちゃいことで喧嘩したり、いがみあったりしなくなると思うんです。ちゃんと大切な人に「ありがとう」が言えたり、「おかえり」が言えたりするようになる。一とつひとつは小さなことですけど、おおげさにいえば、その先に平和な世の中があるんじゃないかな。


もちろん誰とでも、いつでも、幸せなことや悲しいことを話す必要はないですよ。「伝えることができる人がいる」っていうことが大事だと思うんです。顔色を伺う必要がなかったり、なにもしゃべらずにそこにいるだけでよかったり。そんな「安心安全な場所」って思える人が、たくさんじゃなくても、例え一人だとしてもいることは、とても尊いことです。


だから、「人生絵本」を依頼していただいたお客様とも、安心安全な関係をつくりたいと思っています。「この人になら、何を話しても笑われたり、馬鹿にされたりしない」と信じれるからからこそ、本心を語ることができると思うので。「誰にも話せなかったことが、ようやく話せた!」」っていうような関係を、お客様とつくることができたらすごく嬉しいですね。

「人生絵本」をつくる過程では、その方の人生について丁寧にヒアリングしていきます。(写真:有賀さん提供)

そして、そういう大切な人とお別れをしてから、「伝えられなかった」「伝えてもらえなかった」っていう後悔をしてしまうのは、とても悲しいこと。だから、そういう後悔をする人が1人でもすくなくなったらいいなと思って、「itoha」の事業をやっているんです。

サポートがきましたって通知、ドキドキします。