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オレンジジュースとカポエイラ shot2
安西はオレが覚えてるとは思ってもいないだろうが、思い当たることがあった。
「悪いっ、悪いのっそれが!はいはいそうですよ。あなたの言う通りあのテレビです」
やっぱりな。そうあのテレビはたしかに特別なものだ。テレフンケン。古くからのオーディオ好きならこの名前に聞き覚えがあるだろう。今でこそアメリカ資本の傘下に入っているが、1903年創業という老舗中の老舗ドイツ企業だ。あのビートルズゆかりのアビーロードスタジオでの初期録音にはテレフンケンのアンプが使用されていたそうな。
そこでテレビだが、このテレフンケン、テレビ史に大きな影響を与えた企業としても歴史に名を刻んでいる。ICのご先祖様的な真空管テレビを世界で初めて商業製造したのはテレフンケンなんだそうだ。日本の高柳健次郎博士が世界で最初の電子式テレビジョンの開発に成功したのが1926年。テレフンケンはそのわずか6年後に一般に向けた製品として販売している。つまり、なんというか、問題のテレビは鑑定番組等だと結構な話題になりそうな代物なのだ。
400Lサイズの冷蔵庫ほどもある巨体の割に、ディスプレイは8インチ程度。見てくれは、レトロな謎の高級木製家具といったところだ。
安西の祖父さん自慢の品だった。日独伊三国同盟の時代に輸入したらしいが、民放はおろか某国営放送さえテレビ電波を発信していない時代になにを見るつもりだったんだろう。金持ちのやることは昔も今もさっぱりわからない。まぁそれを言うなら、そんな代物を商業製造したテレフンケンもテレフンケンだが。
わからないといえばもう一つ、なぜあのテレビのことになると安西がこうも過剰に反応するのかだ。なにか人には言えない過去のトラウマでもあるのだろうか。
オレがそのテレビらしきものを目にしたのは、某女子校系名門幼稚園さくら組さん在籍というご幼少時だから、もう30年以上40年未満も昔の話になる。我ながらよく覚えていたものだ。それにしても、あんなものを盗むなんて変わった趣味のやつもいたもんだ。たしかに骨董的価値はあると思う。メルカリとかだと分からないがオークションサイトでは意外に高額で落札されるのかもしれない。テレビの探偵団なんかだと足がつくだろうが、好事家からは高値が付きそうだ。
とはいえ出来心で盗むにしては大きすぎる。第一あの存在を知っている人間がそういるとも思えない。となるとオレにだって予想はつく、あれか、身内の犯行。そうだ。だから警察じゃなくてオレなのか。
「もしかして、盗んだ相手に心当たりがあったりする?」
「たぶんだけどね、健一郎…じゃないかと思うんだ」早いね安西。間髪を入れずって慣用句はこういうときにこそ使うものなんだろうな。それにしてもそこにいくか。
健一郎はなんというか安西の叔父でいいのかな。なかなかに面白い人物だ。ただし、これはオレのような外部の人間の視点。安西一族の間では、汚点とか、面汚し、悪魔、変態、人非人、人でなし、誇大妄想狂ってのもあったか。とにかく散々な言われよう。だが、基本的に悪いやつではないし、安西との関係は比較的良好だと思っていたのだが。なぜ?
その前になぜ叔父である健一郎を呼び捨てにするかって。そう聞くか。叔父とはいったが健一郎と安西は2歳しか違わない。しかもお姉さんなのは安西の方だ。
「じゃあ話は簡単だろう、そこでなぜオレが顔を出さなきゃならない」
安西がわざとらしく目を閉じて首を振った。あぁこれはヤレヤレとか、まったくもう。ってたぐいのボディランゲージだな。いろいろな手を使いたがる年頃ですか。ひょっとして舞台が好きなのか。大仰でわかりやすい演技が。宝塚ファンか。
「あのテレビは、もともと本家にあったの」それはそうだろうな、なんせ祖父さんのもちもんだ。第一、シンプルテイストが信条の安西家にはとてもじゃないが似合わない。なんとなく予想はつくよ。やり手のくせに奥さんに頭の上がらない君の父親が本家に売りつけられたんだろう。しかも常識をぶち破る法外なお値段で。
「最初の質問への答えがまだなんだけどね」
さっきもいったと思うが健一郎は悪いやつじゃない。頭も性格も。おまけに人がいい。基本的に坊ちゃん育ちなんだ。だから安西が一言返せといえば、そこで話しは済むはずだ。それとも、どうしてもオレにお小遣いを渡したくて2人が小芝居を演じてる?う〜んありがたい話だが、それはないだろうな。
「話が通じないの」
「イヤ待てよ。お前と健一郎の間は別に険悪とかいうんじゃない、むしろ一族の間じゃ珍しく相性のいいほうだろう」安西はオレの目を見ながら頷いた。
「困ってるんじゃないかな。少なくとも持ち出したのは健一郎の意志じゃない気がする」
「まぁヤツの心の中は置いといて。そもそも気づいたのはいつなんだ」
「先週」
「最後に見たのは」
「4月25日」
すごい記憶力!のハズはないな。ってことはなんだな。そうオレの質問への答えはとっくに準備されていた。
「今日は6月の14日。あんな大きな物だ、気づくにしても間が空きすぎてないか。まぁ他人の色恋に口を挟むつもりはないけどね」
やんわりとつついてみた。直訳すると男だか、女だか知らないが好きな相手ができて、家を開けっ放しにしていたという次第。よくあることだ。安西に限っての話だが。
オレはいい加減な性格だ。それは認める。だがこと仕事となるとこう見えて意外なほどに真面目だ。途中本件と無関係なことに夢中になったり、いろいろと遊んだりはするが手は抜かない。そう、今だってそうだ。顔はヘラヘラしてるように見えるかも知れないが、頭の中ではシナプスを介して思考ってやつが脳細胞の間を高速で飛び交っている。
「会いに行こう。知ってるんだろう居場所くらいは」立ち上がりかけたオレから安西が困ったように目をそらした。
らしくない、そうともこの態度はオレの知ってる安西じゃない。といってまるっきり演技というわけでもない。そのくらいは、女関係に疎いオレにだってわかる。ダテに長い付き合いをしてるわけじゃないからな。
こういうときは畳み掛けちゃダメだ。ゆっくりいこう。
「なにか気になることでもあるのか」
「]df/.m@plo:@¥^-00@9」なんだって。言葉になってない。
「どうしたんだ、まるでおねしょをごまかそうとしてる4歳児みたいだぞ。言ってみろよ。すっきりするぞ」
しばらく言い淀んでいたが、意を決したようにはっきりとした発音でこう言った。
「浦部小路だと思う」
あっそこかぁ〜。
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