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モチベーション3.0を刺激するプラクティスを考えよう(#28)

この記事の初出は、Software Design 2024年7月号です。

新しいプラクティスを試行する

ハピネスチームビルディングの活動として、筆者のチーム全員で「新しい技術・ツール・プラクティス」を提案して試行することを本連載の第6回(以下リンク先)で紹介しました。

その活動により、これまでの連載で紹介してきた様々なプラクティスが生まれ、チームが主体的に成長し続けるようになりました。
読者の方々にも、同じように新しいプラクティスを考えて試行している人もいると思います。

今回は、そのようにチームで新しいプラクティスを考える際に参考になる「モチベーション3.0」という概念とその活用方法を紹介します。

モチベーション3.0とは

モチベーション3.0とは、2010年頃にダニエル・ピンクが著書で提唱したモチベーションの新たな概念で、内発的動機づけで主体的に行動するという考え方です。

ここでは、簡単にその概要を紹介します。
モチベーションとは、人が行動を起こすための動機づけとなるもので、それはモチベーション1.0、2.0、3.0という3つの段階に分けられます。

モチベーション1.0は、人間の歴史がまだ浅い頃から存在する原始的な欲求から来るものです。
生きるために必要だから行動するという動機づけです。

次に、モチベーション2.0は、外的な報酬が欲しいことと、罰を避けたいことから生まれた動機づけです。
いわゆる「アメとムチ」です。
規則的なルーチンタスクは、これでうまくいくこともありますが、現代のソフトウェア開発のような創造性が必要な仕事ではうまくいかないと言われています。
報酬を提示しても、成果が期待したほど得られず内発的動機づけを減少させてしまうことがあります。
例えば、「成功すればボーナスが出る」「失敗したら上司に怒られる」などの外的な報酬や罰は、継続的な動機づけとして不適と言えます。

そして、モチベーション3.0は、現代のソフトウェア開発に対応する概念で、その人自身の内面から湧き出る内発的動機づけです。
外的な報酬や罰に依存せず、自分自身の感情や価値観からの欲求をエネルギーの源とします。

モチベーション3.0は、以下の3つの要素が重要視されています。

  • 自律性:自ら方向を決定したい

  • 熟達:価値がある技能を上達させたい

  • 目的:自分以外の人、もの、社会に貢献したい

これらの要素を満たすような活動をすることで、メンバーはその活動自体からもたらされる内的な満足感によって、主体的に活動を継続します

何が内発的動機づけに繋がりやすいか

モチベーション3.0の3つの要素のうち、どの要素が内発的動機づけに繋がるかの度合いは、人によって異なります。
1 on 1 などで、メンバーがどういう時に楽しく感じるのかを聞いてみることで、その傾向が分かります。
具体的に、どのような考え方の場合に何の要素が強いと判断したのか、過去の筆者のチームメンバーの例をいくつか紹介します。

  • 自分で自由に試行錯誤して課題を解決することが楽しい → 「自律性」の要素が強い

  • 新しい技術を使って開発して、それが動いて形になるのが楽しい → 「熟達」の要素が強い

  • 自分の提案や自分が作った成果で、チームに貢献できた実感が得られると嬉しい → 「目的」の要素が強い

上記のようにチームメンバーにとって、どの要素が内発的動機づけに繋がりやすいか理解しておくと、日々の仕事を任せる時にも内発的動機づけに繋げやすくなります。
例えば、「自律性」が強いメンバーには裁量を大きく持たせて仕事を任せたり、「熟達」が強いメンバーには新しい技術やツールを用いる仕事を任せたり、「目的」が強いメンバーには会社や業界にとって意義があることをしっかり説明した上で仕事を任せたり、といった具合です。

チームのプラクティスに取り入れる

チームで新しいプラクティスを考えてやってみる場合は、モチベーション3.0の3つの要素を含めたものにすると効果が出やすいです。
例えば、チームに「自律性」の要素が強いメンバーが多い場合は、その要素を含むプラクティスは効果が出やすいと思います。

筆者のチームの場合は、チームのメンバーにモチベーション3.0について説明した上で、その3つの要素のいずれかを含めたプラクティスを考えてもらいました。
ただ、3つの要素の概念を理解しただけでは、プラクティスと結びつけて考えるのが難しいので、以下のように具体的に各要素を含んだプラクティスがどんなものになるのか説明しました。

  • 自律性を満たすプラクティスにするためには、その活動における個人の裁量を大きくして、自由にいろいろなことができるようにする

  • 熟達を満たすプラクティスにするためには、自分が身につけたいスキルや学びたい知識を得られるようにする。また、難易度は簡単過ぎず難し過ぎないもので、現在の能力より少し高いレベルが必要となるものであれば、集中する状態(フロー状態)になりやすくて熟達に繋がりやすいと言われている

  • 目的を満たすプラクティスにするためには、チーム全体、会社、IT業界に対する貢献になることを実感できるようにする

これらの要素のいずれかを含めていれば、内発的動機づけが生まれやすくなり、活動に主体的に取り組みやすくなります。

次節で、過去に本連載で紹介したプラクティスを、モチベーション3.0の要素をどのように含めているかという観点であらためて紹介します。

例:振り返りを全部任せる

数週間に1度のタイミングで、チームの皆で過去の出来事を振り返って、良かった点や改善点を挙げてチームを少しずつ改善する活動を行っており、「振り返り」と呼んでいます。
その振り返りのファシリテーター(会議を円滑に進めるための進行役)を順番に交代でメンバーに任せるということをプラクティスとして実施しています。
ファシリテーターになった人は、振り返りを自分がやってみたいやり方で自由に決められます。
詳細は本連載の第3回(以下リンク先)をご参照ください。

このプラクティスは、モチベーション3.0の3つの要素を次のように含んでいます。

  • 自律性 → 活動の裁量が大きく、自分で自由に振り返りのやり方を決められる

  • 熟達 → チームの会議の進行役をやったことのない若手メンバーにとっては、ファシリテーターの経験を積むことはチームリーダーとしてのスキルアップに繋がる。リーダーとしてのスキルに価値を感じるメンバーもいる

  • 目的 → 自分が考えたやり方でファシリテートし、良い振り返りができた時は、自分がチームに貢献できた実感が得られやすい

試行錯誤を繰り返そう

モチベーション3.0の3つの要素を含めたプラクティスの方がそうでないものより、効果が出やすいのは確かですが、必ずうまくいくとは限りません。
効果のあるプラクティスを生み出すにも試行錯誤を繰り返すことは必要です。
実際、筆者のチームでは、モチベーション3.0を考慮したプラクティスを何十件も試行しましたが、その中には効果が低くてやめたものも多くあります。
ただ、やめることになっても気にせずに、どんどん新しいプラクティスを試行しました。
その結果、皆で新しいものを試行してチームを変えていく風土ができ、それが楽しく開発することにも繋がっています。

だから、もし新しいプラクティスをやってみてうまくいかないことがあっても気にせずに、次のプラクティスにトライすることをお勧めします。

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連載「ハピネスチームビルディング」の前回の記事はこちら↓


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