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アベマリア エピローグ アベマリア

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エピローグ アベマリア
 
 その後。
 結局、今回の事件の顛末は、推理をした後もかわりがなかった。
 「自然死」の神野一樹の葬式は営まれ、1年前の神野次郎やヒロシの死が、再び捜査されることもなかった。
 私は、一度、ダイゴに聞いたことがあった。
「ダイゴは、ヒロシの自殺が、実は、『次郎になり済ましていた』神野太郎による殺人だと、途中からもう考えていたのかい?」
 ダイゴは答えた。
「いや。正直いえば、ヒロシの死は自殺でないと思っていたが、殺したのは、アイちゃんかもしれない、と少し疑っていた。アイちゃんが、死んだはずの『神野次郎』を現場で目撃した、と教えてくれたのは、予想外だった」
「確かに、今だって、ヒロシを殺したのは、アイちゃんでなく神野太郎だという、確とした証拠はない。凶器は、筋弛緩剤だから、力のない女性でも大の男に注射することはできる」
「まあね。あとは、そのような違法薬物を、入手しやすいのは誰か?という点だね」
 
 その後、ダイゴと私は、今までで語られなかった、もうひとつ別の「秘密」を知った。
 それは、「死亡した人の指紋が殺人現場から発見された」という「謎」の解決とは関係のないものだったが、私やダイゴだけでなく、アイちゃんやサチさんの気持ちにも、強い印象を与えるものだった。
 それは、亡き神野次郎の息子、尚樹さんからの情報だった。
 彼は、神野一樹のパソコンから「回想録」が削除されていた、と教えてくれた。だが、もうひとつ他に、パソコンから削除されたものがあることに後から気づいた、とわれわれのところに連絡してきた。
 それは、神野一樹のパソコンのメールボックスから削除されたメールだった。
 尚樹さんによれば、1年ほど前、母親の美樹さんにパソコンメールの使い方を教えてほしいといわれ、病にふせっていた一樹さんのパソコンをつかってその使い方を教えた、ことがあるという。
 当時、美樹さんは、スマホのメールやラインはつかっていたが、パソコンはつかったことがなかったので、教えてほしい、と言ってきたという。
 尚樹さんは、美樹さんにパソコンメールの使い方を教えた関係で、IDとパスワードを知っていたので、そのメールボックスを開くことができた。そして、詳しい内容はわからないが、一樹さん亡き後かなりのメールがそのメールボックスから削除されている痕跡があったという。
 そのメールを削除したのは、やはり、「回想録」のファイルを削除した、神野一樹さんを殺害した神野太郎か?神野太郎は、このメールボックスのIDパスワードをも知っていたのか?
 もしそうなら、それをどうやって知りえたのか?
「ぼくは神野太郎が削除したという可能性は低いと思います。
削除したのは、尚樹さんが一緒にパソコンメールの使い方を教えてIDとパスワードを設定してあげた、母親(神野美樹)自身だと思います。
 削除されたメールの内容は不明です。
 ただ、パソコンメールの使い方になれていないせいか、母親が間違って、一通だけ、尚樹さんの知らないアドレスが書かれているメールを尚樹さんに転送してきたことがあるというのです。それがこれです。ひょっとして、アイちゃん、このアドレスわかりますか?」
 私は、そのアドレスをアイちゃんに見せると、アイちゃんは即座に断言した。
「これ、ヒロシのアドレスです」
 どうやら、神野美樹は、ヒロシにメールを送ったことがあるようだった。
 それをどう、解釈したら、筋がとおるだろう?
 たとえば、こんな仮説はどうだろう?
 ヒロシが、アイちゃんと神野次郎(実は太郎)の浮気を知ったのは、神野美樹が、そのことをメールでヒロシに伝えてきたから。
 夫の神野次郎のパスポートにフィリピン行の痕跡を美樹はみつけていた。美樹は次郎を問い詰めた。だが、次郎は太郎の秘密のことがあり、知らぬぞんぜず。
 その夫の反応に、かっとして我を忘れた神野美樹は、たぶんどこかの興信所にでも連絡して捜査を依頼した。
 探偵は、神野太郎が神野次郎になりすましている、など知る由もない。
 探偵は神野次郎でなく太郎を尾行。
 そして、探偵は神野太郎が、アイちゃんと密かに会っていることをつきとめる。そして、アイちゃんがヒロシという夫のいる既婚女性だということ。そしてアイちゃんのメールから、ヒロシのメールアドレスを知り、そのアドレスを神野美樹に報告した。
 かくして、神野美樹は、ヒロシに「あなたの妻が、私の夫と浮気をしている」と告げ口をしたのだ。
 そして、妻を愛するあまり、かっとなったヒロシは、神野美樹の夫を公園に呼び出した。
 浮気していたのは、次郎でなく、その双子の兄弟の太郎である。なので、次郎は、浮気のことなど知る由もない。
 だが、ヒロシは、その次郎が浮気の当事者と思い込み、殺害したのだ。
 
 話を聞いて、私は、1年ほど前、アイちゃんが私に、誰かにあとをつけられている気がすると言ってきたことがあることをふと思い出した。
 確かそのとき、知らないうちに自分に届いたメールが、自分が読まないうちに既読になっていて気持ち悪い、とも相談されたのだった。
「そうだとしたら、メールのパスワード変えたほうがいいよ」
「そうかしら?」
「パスワードは何?それ名前と生年月日の組み合わせじゃない?それ、あぶないよ。誰かに、パスワード、やぶられるかも」
「あらそう?なら、パスワード、変えるわ」
 そして、パスワードを変えてから、受信メールがいつのまにか既読になることがなくなった、とアイちゃんは話していたことがあった気がする。
 きっと、そのときが、神野美樹が、探偵にアイちゃんの行動の調査を依頼していたときかもしれない。
 
 これは、ヒロシの行動のきっかけは、すべての事件の発端は、あの神野美樹が、ヒロシに、ヒロシの妻のアイちゃんの浮気をメールで連絡したことからはじまった、という仮説だ。
 
 この仮説は確かめようがない。もし、この仮説が正しいとしたら、神野美樹は、それを警察にも、私たちにも隠していたということになる。とすれば、今更、神野美樹を問いただしたところで、彼女はこのことを認めはしないだろう。
 それにしても、誰が、あの神野美樹がこんな秘密を隠し持っていたと想像できるだろうか?
 だが、もしかしたら、神野美樹が、ヒロシに妻の浮気の告げ口をしなければ、彼女が愛する夫の次郎は殺されずに済んだのだ。
 こう思ったとき、私には、以前、アイちゃんが言った言葉を思い出された、
「わたしは、夫のヒロシのことを愛していました。確かに、私は、夫の不在のとき、日本で神野次郎さんと何回か会ったことはありました。でも、それは『不倫』というような深い関係ではなかった。
 だから、次郎さんが、むきになって、夫に『離婚しろ』というようなことを言いださねば、こんなことにはならなかったことでしょう。
 でも、もとはといえば、すべて、私が悪いのです。こんなことになるなんて。私、バチがあたったんです。すべて、身からでたサビ、ですわ」
 本当に、アイちゃんがすべて悪いのだろうか?
 はたして、神野次郎(太郎)は、ヒロシに離婚をせまったのだろうか?
神野美樹の嫉妬、そしてヒロシの嫉妬。
 それらが、度をすぎていたため、この悲劇がおこったのではないか?
 だが、それは、お互いの夫、あるいは妻への強い愛情から産まれたものだ。
 その強すぎる愛情が嫉妬というものに変わり、そしてそのふたつの強い嫉妬が偶然に重なったことで、今回の不幸な事件は、起きたのだった。
 
   *
 
 神野一郎が亡くなってから、ほどなくして。
 神野次郎、そしてヒロシの一周忌を、神野美樹、そしてアイちゃんは行った。
 それぞれが、それぞれの思いを抱えながら。
 
 私とダイゴは、サチさんと共に、神野次郎が殺された東京都北区の飛鳥山公園を訪れた。
 惨劇の記憶のためか、モノレールのアスカルゴは閉鎖されたままだった。
 神野太郎の「なりすまし」による、一番の「とばっちり」を受けたのは、かわりに殺害された神野次郎に違いない。そして、神野美樹は愛する夫を失い、子供たちは父を失い、そこにあった幸せが壊れた。
 だが、皮肉なことに、そのきっかけを作ったのは、夫を愛する神野美樹自身だったのだ。
 3人は、歩いて、標高20メートルくらいしかない、小高いその小山の頂上へと登った。
桜は、とっくに散り、今は、もうツツジが咲き始めていた。
 私はサチさんのキーボードをかつぎ、ダイゴは、自分のサックスをかつぎ、3人は坂道の階段を頂上まで登った。
 そして、私とダイゴは、その頂上の「頂上駅」の前の、小さな広場で、楽器をおろした。楽器をセットし、キーボードの電源を、小さな駅舎からかりてつないだ。
 ダイゴとサチさんは、そこで、演奏をした。
 死んだ、神野次郎、ヒロシ。思いを抱えながら生きている神野美樹とアイちゃん。
そして、どこで一人生きているのかわからない神野太郎に捧げる演奏だった。
「アベマリア」
 マリアはキリストの母親の名前だが、外国では数多い名前だ。また、アベマリア(こんにちは、マリア)と呼ばれる曲は、有名なものでは、シューベルト、グノー(バッハ)作曲のもの。玄人好みでは、カッチーニ、ピアソラの作曲あたりだろうか?もちろん、ほかにも無数に存在する。
 そんな中で、ダイゴとサチが演奏したのは、「マスカーニのアベマリア」だった。
 
 ダイゴは、演奏し、演奏しながら自分たちのことも、また想った。
 ダイゴはクリニックを開業したのと同時に、サックスの練習をはじめた。最初は、夕方の診療後、防音機能がある、レントゲン撮影室での練習だった。練習が終わると、そこには、私がまちかまえていた。
 いろいろな話をし、食事を一緒にした。私たちが抱えたいくつかの難事件を二人で推理したり、またその解決のために、二人でいろいろなところを訪ねたりした。
 そこへ、アイちゃんも加わった。私は、アイちゃんのことを好きだった。だが、アイちゃんは、既婚者だった。三角関係というわけだ。
 そして、ダイゴ自身のことについて言うなら、今や、結婚した相手と遠ざかってしまい、今、隣でピアノを演奏しているサチさんと出会い、二人で一緒に演奏するようになっている。そして、その思いは、単なる、共演者という枠をこえつつある。
 つまり、ここにも三角関係だ。
神野太郎、ヒロシ、アイちゃん、神野次郎、神野美樹の愛憎の話は、決して人ごとの話ではないのだ。
 万感をこめて、ダイゴはサックスを吹いた。
 傍らには、信頼をよせる、サチさんのキーボード。私も聞いている。
 音よ響け!とどけ!
 今回の悲劇の物語は、決して、自分たちとは無関係なものではないのだ。
悲しいが、それが、生きていくことの現実なんだ。 

                                                                                                   了                         
                       
                                

第1章 へのリンク: アベマリア 第1章 同業者の匂い|kojikoji (note.com)

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