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「制御性T細胞」発見ものがたり

前回、体内の悪者を退治する「T細胞」の基本的な役割について触れました。

ようは、
後天的に悪者を学習して退治する免疫機能を持ったT細胞は、異物を見つけて指示するヘルパーと攻撃をしかけるキラーに大別され、そのエラー調整役として制御性T細胞(以下Tレグと呼称)も存在する、
という話です。

そのTレグは、例えば下記のように今でも話題をふりまいているので、それを発見したものがたりを書いてみます。

まず、Tレグを発見したのは、日本の研究者 坂口志文氏で、本人による下記の著作を主に参考にしています。

まず、前回ふれたとおり、T細胞だけでなく近しい免疫効果を持つ細胞は他にもあります。そしてT細胞内にもさらにヘルパーなどに分類されます。

それを特徴づけるのは、細胞表面に付着したどの抗原(たんぱく質分子)に反応するのか、です。「分子マーカー」と呼ばれます。

例えば、ヘルパーT細胞は「CD4陽性T細胞」、といった具合です。

1980年代に、坂口氏は当時まだ解析が進んでいない分子CD5(T細胞種であることは判明済み)に反応した細胞を調べると、自己免疫疾患、つまり間違えて自己の健常細胞を攻撃する行為を抑制する可能性を突き止めました。
ただ、当時はヘルパーT細胞内のそれと仕分けがうまくいきませんでした。そして、もっと重要なことに、当時の風潮がこのテーマの研究続行を困難にしていました。

どういうことかというと、当時の免疫学では、近い響きを持つ「抑制性(サプレッサー)T細胞」仮説が否定されたばかりで主流から外れており、それと混同されていたようです。

坂口氏は、このテーマでの研究が可能な研究所を探し、日本から米国ジョンズ・ホプキンス大学に留学し、なんとか助成金で研究を続行します。

幸い米国で研究は進みましたが、その期間満了に伴って改めて職を探し、今度は利根川進氏による若手育成プロジェクトに採択されます。
上記の米国での助成金もですが、このあたりの職探しは、相当大変だっただろうと想像します・・・。
ようは自身が本当にやりたいテーマと、成果の残しやすさの天秤ですね。

余談ですが、利根川氏は、日本人初のノーベル生理学・医学賞受賞者で、そのテーマも免疫学です。
功績を超ざっくり書くと、抗体が「遺伝子組み換え(外部からDNA取り込み)」を通じて多様に生成されるメカニズムを解明しました。

元々米国での研究時の1985年に専門誌に掲載され、その10年後により分子マーカーを絞り込み、徐々にその支持者が増えてきました。

そのなかで特に宿命的だったのが、Tレグを特定した抗体分子の調達です。
それは、上記で上げたサプレッサーT細胞の否定派(従ってイメージでTレグにも懐疑的)で、既に当時免疫学の権威となっていたシェバック氏の研究所で作られたものでした。

シェバック氏は、その研究成果を疑いの目でみており、同研究員に実験をゼロから確かめさせ、結果として再現することになります。
すると今度は一転してTレグの研究に注目するようになります。このあたりの柔軟性は科学者としては素晴らしいと思います。

シェバック氏の影響もあり、1990年代からTレグへの風向きが変わり、論文引用数もぐぐっと伸びてきます。下記にそれを引用します。

出所:坂口氏著書「免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか」

相当長い間、当時の風潮でこのテーマの研究が注目されない厳しい時代を経ていたことが分かります。

次に、支持者が増えると今度は競争が激しくなることを意味します。
1995年当時は分子マーカー(CD25と呼ばれます)が決まっただけで、そのメカニズム解明には至っていませんでした。

その後のストーリーは冒頭で紹介した坂口氏の著書をぜひ読んでいただきたいですが、結果としてTレグを発現させるFoxp3遺伝子を突き止めることに成功します。(上記のシェバック氏との競争にも打ち勝ったわけです)

自然科学の世界なので、さぞ合理的かと思いきや、今回の発見ものがたりを知って結構生々しいところもあると感じました。
だからといって幻滅しているわけでなく、むしろ研究者の人間としての息吹を感じられてより親近感がわきました。

研究の当事者から、ぜひこういったストーリーがもっと発信されてくると、科学好きになる方も増えるかもしれない、と感じた今日このごろでした。

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