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恐れを知れば勇気を学べる-シャイネス(3)-

今回は勇気について書く。勇気に関しては以前も一度書いたことがある。

勇気がありそうに見えても勇気をだしているかはわからない

僕は年齢相応にさまざまな経験をしていて、時には勇気があると言われることがある。

例えば、「登壇して人前で話すなんて勇気があるね」と言われることもあるし、ソリューション営業で「(お客さんに逆らって)お客さんの要望と違うことを提案するなんてよくできるね」などといわれることもある。それらに重ねて、「自分には(勇気がないから)できない。(だからあなたはすごい)」といわれることもある。

ただ、そのように言われると変な気分になる。実は、僕は登壇でも営業にも一切勇気を出していないし、勇気を出そうともしていない。それらの場面に対しては、そもそも慣れによって怖さを感じていない。

勇気とは怖さを克服するために踏み出すことだ。誰かが勇敢な行動をしているように見えても、それは本人にとってはそうではないことがある。

怖さを認識することが勇気の原点

人は未経験のことに怖さを感じることが多いだろう。例えば、人に話しかけるとか、どんな些細なことであっても、一歩前に踏み出せることが勇気だ。

勇気を持つ前提には、自分が怖いと感じることの認識がある。怖いと感じることに対して、次々に挑戦することが勇気を育むことにつながる。

逆に、「それくらいできるでしょ」と思うことであっても、経験のないことに人は臆病になる。勇気は自分の恐れを投影したものなのだ。

最近、自分は恐れに挑戦できているだろうか。

妖怪セラピー

以前、妖怪セラピーというものを聞いたことがある。(絶版らしくアマゾンでも買えない)

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自分のことを苦しめていたり、困難を感じることを妖怪と見立てて、それを退治する方法を考える。これによって、恐れに対峙できる勇気がもてるようになるのだ。

妖怪とは人の恐れを投影したものなので、このやり方はいうまでもなく有効なのだと思う。

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移動時間だけで書いているので、時間が来てしまった。もう少し掘り下げたい。

なお、すこし期間が空いてしまったが、今回の話は以下の続きでもある。

また、勇気とレジリエンスにも関連を感じる。

更にはアサーティブを発揮する際にも勇気は欠かせない。


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