「夏の王」 夢か現か、妖精の世界

O.R.メリング氏の「夏の王」は、ケルト神話を下敷きにしたファンタジー。中学生くらいの時に初めて読んで、今でもたまに読み返す大好きな作品です。

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妖精を信じる少女オナーは、祖父母の住むアイルランドで事故死した。彼女の死に責任を感じる双子の姉・ローレルが1年後、再びアイルランドを訪れると、妖精が現れ、こう告げる。「オナーの魂は今、現実世界と妖精世界の狭間で眠っており、ローレルがオナーの代わりに使命を果たしたとき、彼女の魂は妖精世界に迎えられるのだ。」
オナーに代わり使命を引受けることを決めたローレルは、謎めいた少年イアンやワシの王、海賊の女王たちに助けられ「夏の王」を探す旅に出る。それは、同時に自分自身と向き合う旅でもあった。

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主人公が生きているのは間違いなく現代のアイルランド、けれど妖精たちの世界はすぐ隣にあるーーそれを信じるものには。アイルランドの田舎風景の描写がとても美しく、読んでいるだけで旅ができます。そしてその風景に、そこで出会う人々に、心が安らぐ…と思っていたら、するり、いつの間にか美しくも妖しい妖精たちの世界へ。こちらの描写もとても美しいのですが、妖精たちの世界には私たち人間とは違うルールがあるよう。魅入って呆けてしまうと危険です。
この繊細な描写が、いつも気付かないだけで、違う世界はすぐそこにあるのかも、と錯覚させます。また、作中に出てくるアイルランドの人々の、妖精が暮らしの中の一部のような話ぶりや逸話。この物語の世界観が、私はとても好きです。

そして、主人公のローレル。彼女は、妹のオナーとは違って現実的な性格。妖精なんて、カルトの一種だと思っていました。けれど、愛する妹の死後、彼女の日記を見て拭いきれない疑問が生まれるのです。「妖精はいるのか?」「オナーは妖精と会っていたのか?」「オナーの死に妖精が関わっているのか?」そして、再びアイルランドを訪れ、妖精たちの企みに巻き込まれながらも、自らの意思で道を切り拓いていく姿は、とても眩しいものです。また、幼馴染のイアンとの関係も良い。犬猿の仲だった2人が、お互いの隠してきた苦悩に触れ、距離を縮め、互いを信頼していく過程はロマンチックで引き込まれます。

長々と書きましたが、この物語自体は、たったの7日間の出来事なのです。使命の期限は夏至祭の前夜。夏至の日は、妖精界と人間界が最も近づく日、だそうです。日本では馴染みがないですが、ヨーロッパでは古くからの言い伝えなどが色々とあるようです。今年の夏至は6月21日。私は夏至、という言葉を聞くと、この物語を思い出して遠いアイルランドの風景を想像し、妖精の姿を探してしまいます。


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