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【シナリオ】花束と球根

○明里のアパート
植木明里(27)と小田徹也(29)がソファに並んで座っている。
明里はスーツ姿。小田は部屋着。
小田の前のテーブルには、沢山の化粧道具と乾パンが置いてある。
二人の後ろの棚には花瓶が置いてあり、花束が生けてある。

小田「お花選ぶのに一時間もかかっちゃった」
明里「忙しいのにありがとう」
小田「忙しいのは明里ちゃんでしょ」

小田は明里を抱き締める。
明里は乾パンを一瞥して、

明里「お金はちゃんと食事に使ってよ」
小田「ごめんごめん」

明里は財布から千円を取り出して小田に握らせる。

明里「最近スクールはどう? モデルデビューできそう?」
小田「ああ、それなんだけど……、辞めたんだ」
明里「……え?」
小田「いやー、ちょっとレッスンとか窮屈で、馴染めなくてさぁ」
明里「そんな」
小田「悲しい顔しないで」
明里「お金は? 半年で五十万もかかってるんだよ?」
小田「辞めた分、明里ちゃんと一緒に過ごせるじゃん」
明里「そうじゃなくて」
小田「それに、これは夢に前向きな決断なんだって」
明里「……」
小田「僕、フリーモデルで売り込もうと思う。プロデューサーと知り合ってさ」
明里「……え?」
小田「それで、最初だけ、最初だけお金が少しいるんだ」
明里「……いくら?」
小田「三十万、と少し。頼むよ」
明里「ちょっと、待って」
小田「本当に頼むよ」
明里「無理、無理」

小田は逃げようとする明里を強引に引き止めようとする。
明里は小田を振り解いて、

明里「ありえない!」
小田「そんな」

玄関から飛び出す。

○カプセルホテル(朝)

明里は起きる。スマホを開くと、大量の不在着信とメッセージアプリの通知。電話をかけようとするが、やめる。

○オフィス(夜)

明里と笹本涼(30)だけが残っている。時計は十一時を回っている。
明里は机に突っ伏している。携帯に着信がくるが、すぐに拒否する。
笹本はコーヒーメーカーでコーヒーを二杯作り、片方に砂糖を入れて明里のデスクに置く。

笹本「植木さん、お疲れですか」
明里「そんなことないです」

笹本は鞄から紙袋を取り出し、あかりの横に置く。

明里「これは?」
笹本「昨日誕生日だったらしいじゃないですか」
明里「……球根?」
笹本「リコリスです。ガーデニングが趣味だと聞きまして」
明里「あ、ありがとうございます」
笹本「なんか、地味でごめんなさい」
明里「いえ、嬉しいです」
笹本「よかった。咲いたら見せてください」
明里「え?」
笹本「あ、もちろん写真で、ですよ」
明里「は、はい」

携帯に着信。明里はため息をついてから拒否する。

笹本「いいんですか? さっきから何回もかかって来てますけど」
明里「いいんです。……あ、お手洗いに」

明里はオフィスの外へ。
机の上のスマホに再び着信。
笹本はそっと手に取り、応答する。

小田の声「明里ちゃん、やっと出てくれた。ねぇお願い、もうお腹減って仕方ないよ。ごめんって。お金は後でいいから……って、おーい、聞こえてる? もしもし?」

笹本は電話を切って怪訝な顔をする。

○原田商事・フロント(夕)

高い天井に観葉植物が並ぶ、お洒落なフロント。
だらしない身なりの小田がビルに入ってくる。フラフラした足取りで受付の前に来て話しかける。

小田「すいません、明里ちゃん居ますか?」
受付「あ、明里ちゃん?」
小田「はい、もう三日も帰ってこなくて」
受付「あの、フルネームでお教えいただけますか」
小田「植木明里ちゃんです」

ちょうど後ろを通り掛かっていた笹本が反応して、

笹本「植木さん?」
小田「なんですか、お前」
笹本「あなた、もしかして植木さんに何度も電話かけてた……?」
小田「そうですよ、明里ちゃんが全然出てくれないし」
笹本「あの、どちら様か知りませんが、植木さん困っていましたよ。ただでさえ今忙しいんですから」
小田「あ? お前がどちら様だよ。俺、明里ちゃんの彼氏なんだけど」
笹本「え?」

受付「あの、植木さんお呼びしましょうか」

小田「呼んで」
笹本「いや、いい」
小田「口出しすんなよ」
笹本「君は平日の昼間から何をしているんだ」
小田「はぁ? お前こそこんな天気いいのに閉じこもっちゃって」
笹本「見ての通り仕事だよ」
小田「なんだ、当てつけか?」

小田、笹本に掴みかかる。

受付「け、警備員さーん」
笹本「や、やめなさい」
小田「離さねぇよ」

警備員が駆けつけて、小田を笹本から引き離す。

○オフィス(夜)

笹本だけが残っている。珈琲の入った紙コップを二つ用意し、ソワソワしている。
入り口から明里が入ってくる。

笹本「ああ、よかった」
明里「すみません、先方との協議がながびいちゃって」
笹本「いいですよ。それより」
明里「あの、笹本さん」
笹本「はい?」
明里「……言いにくいんですけど、お金を貸していただけませんか」
笹本「お金?」
明里「はい、十万円ほど」
笹本「急に、どうしたの」
明里「給料日にお返ししますので」

明里は深々と頭を下げる。

笹本「な、何に使うの?」
明里「それは、彼の夢、というか」
笹本「……彼って、まさか」
明里「え?」
笹本「ちょっと前に、君の彼氏を名乗る男がきて、騒ぎになったんだ」
明里「テツくんが来たんですか」
笹本「テツくん……」
明里「ど、どんな感じでしたか」
笹本「なんか、フラフラしてたけど」
明里「どうしよう」
笹本「ちょっと落ち着いてください。君たち一体どういう関係?」
明里「なんでもありません」
笹本「そんなことないでしょう。四六時中電話かけたり、急に十万必要になったり、ちょっとおかしいですよ」
明里「どいてください」
笹本「ちょっと、植木さん」

明里はオフィスから出行く。

○原田商事・前(夜)

笹本がフロントから出てきて周囲を見渡すが、明里は見当たらない。頭をかきながら、

笹本「あーれ」

○明里のアパート(夜)

リビングのソファの前で肩を抱き合っている明里と小田。明里の右手には、中身がぎっしり詰まった銀行の現金封筒があり、二人の間に挟まっている。
道端の花をかき集めた花束がテーブルに置いてある。
部屋に飾られている花束は大分萎れている。

小田「明里ちゃん、おかえり」
明里「ただいま」
小田「今日もお疲れ」
明里「うん、お疲れ」

〈了〉

*    *    *

 今回のお題は「ヒモ」でした。一番難しかったです。クズだけど魅力的な男ってなんだよ!? あと、社会人経験がないのでオフィスのシーンを書いているときはいつもヒヤヒヤします。
 最近プロット構造や感情の変化を意識しすぎて、キャラクターや人間を描くことを忘れがちなことに気づきました。精進します。

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