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思い出に触れないで

「元彼のことが、忘れられないの」
 送ってくれた新宿駅のJR乗り場で、私は純也にそう伝えた。ずっと友達だと思っていた純也に告白されたから。“男女の友情は成立するよ!だって純也と私がそうだもん!”と騒いでいた過去の自分が恥ずかしい。やっぱり男女の友情なんて、成立しなかった。悲しい現実に打ちひしがれながら、疲れ顔サラリーマンばかりの缶詰電車に乗り込んだ。

 “今日はありがとう”純也は今、どんな気持ちなのだろうと考えながら、純也からのLINEに返事をする。一体いつから、私を好きだったのだろう。電車の窓から見える夜の東京はキラキラと輝いていて、いつも昼間に見ている東京とは別物のよう。視点によっては見え方が全然違うところに、純也の姿を重ねていた。
 疲れ顔のサラリーマンと絶対に目が合わないように窓の向こうを見続ける。あれ、そういえば純也と最初に会ったのっていつだっけ。純也の私への思いを少しでも探そうと、今までの記憶を辿った。


「純也!こっちこっち!」
 三年前の夏。大学三年生だった私たちは大学のバーベキューにたまたま参加していた。それまで面識はあったものの、実際に話したり遊んだりしたことも無かった。マッチョ好きな私は、至って普通体系(ああでも少しお腹が出ていた気がする)の純也が特にタイプでも無かったし、全てを筋肉で決めるかと聞かれるとそうでは無いけれど、せめて自己管理は出来る人がいい。だから、純也とは必然的に良き友人として関わってきたつもりだ。

 思えば大学を卒業する時、卒業パーティーと称して仲の良かった6人で集まったことがあった。コロナの関係もあったため、近場のコテージに6人で泊まった日の夜。みんなでバーベキューをして、他の友人たちが酔っ払って寝てしまったこともあり、お酒を飲めない私となぜかこの日は飲んでいなかった純也で最後に後片付けをしていた。
 缶酎ハイのゴミとお肉のパックのゴミを分別したり、食べ残しを冷蔵庫に入れたりしていると、純也が“俺、鉄板洗うよ”と言って重たい鉄板を一人で洗ってくれる。“あいつら、食うだけ食って寝るんだもん。ほんとずるいよな”と笑っている純也。
 考えれば、この時に初めて二人だけで話したのかもしれない。“分かる。私も寝たいもん”と返し、しばらく無言の時間。友人たちと遊んでいる時は普通に会話できるはずなのに、二人になると急に何を話して良いのか分からない。純也に気付かれないようにうろたえていると、“なあ”と声をかけられた。

「リカって、彼氏いるんだっけ」
「うん、いるよ。25歳の社会人。最近仕事が忙しいってあまり構ってくれないんだけどね」

「やめとけば」
「何言ってんの。大好きだもん。絶対別れない」

 純也は“そっか”と返事をし、もう何度も何度も擦っている鉄板に視線を戻した。
 それからは純也に彼氏の相談をすることもあったし、大学を卒業した今でも二人でご飯に行って新しい職場がどうだとか、また6人で集まりたいだとか話していた。この時は気にも留めていなかったけれど、もしかするとこの時もうすでに純也は私のことを好きだったのかもしれない。

 電車が最寄駅に止まったことと同時に、私の記憶のデータは再び元のフォルダへ戻った。



 カーテンの隙間から差し込む朝陽が暖かく、目覚ましなんかよりもずっと早くに瞼を開ける。頭が重く、寒気がする。関節も痛くて動けない。まさか、と思い体温計を手に取ると想像通り39度を表示させていた。どうしよう、水分を取りたいのに身体が重くて動けない。

 プチパニックになった私はとりあえず、と習慣になっているインスタグラムのストーリーに体温計の写真に”身体が重くて水分が取れない”という文字をつけてアップした。
 本当はそんな女子、構ってほしいアピールをしているみたいで嫌いだったが、いざ自分の身体が思うように動かなくなるとこうして心配して欲しくなるのだから、人は本当に不思議だ。

 頭がぼーっとして、スマホの画面にも少し酔いそうになったため、スマホを枕元に戻し、目を閉じる。しばらくすると、スマホが鳴った。

「病院行くぞ」

 スマホからは、純也の声がした。どうやらタクシーで迎えに来てくれて、もうマンションの前にいるらしい。純也の強引さに少しムッとしたけれど、今はそうは言っていられない。純也に従おう。重い身体を起こし、タクシーに乗り込んだ。


「こんにちは」


 フラフラだった私は、財布も鍵も純也に預けて診察室で横になっていた。頭がぐるぐるする。気持ちが悪い。”念のためインフルエンザの検査もしておきますね”と言う看護師さんの声が聞こえる。
 検査の結果、私はインフルエンザだったということが判明し、薬を貰って帰れることになった。コロナじゃなくて心からほっとし、純也とタクシーに乗り込む。

「なあ。あれ、なに」
「ん…?」
「写真」

 インフルエンザのおかげで思考があまりはっきりはしなかったが彼の言う”写真”が何を意味しているのかはすぐに分かった。

「なんで勝手に」
「ごめん。でも、好きだから」

 ”ありがとう”とだけ伝えてタクシーを降りる。部屋まで一緒に行こうかと聞かれたが断った。きっともう二度と、彼に会うことはないと思ったから。



 部屋に入ると、すぐに財布を開けた。良かった、あった。

 大切にしていた元彼とのチェキ。

 あれから、色々あって別れてしまったけれど、私はまだ元彼を忘れたわけでは無くて。迷惑かもしれないと思ったけど、しっかり元彼を忘れられる日までは捨てたくは無かった。私の誕生日に一緒に撮った大切な写真。誰にも見せたくなかった、私の大切な思い出。


 それを、純也が


 純也なんて大嫌いだ

 

 もう二度と、6人で集まることは出来ないだろう

 もう相談に乗ってくれる人だっていない

 でも、それでいい


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